2000年2月12日
2000 2/12
今日は病院に居た。
駒澤大学の近くにある某国立病院でバイトだったのだ。
新玉川線にはあまり乗り慣れてなかったので間違えて急行に乗ってしまい遅刻しかけたが、なんとか時間通りの9時に間に合った。
土曜の朝の病院には何か不思議な静けさがあって、オレはその静けさの中をタバコを吸いながら急ぎ足で歩いた。
墓場と病院を一緒にするのはおかしいけれど、今朝のその国立病院はまるで墓場のように安楽で冷たく美しい静けさに包まれていた。
人材派遣会社のお姉さんの言うところではその日は主に「レントゲンの整理」をする、ということだった。
オレはどこか大きな会社か何かの健康診断か何かの人員整理みたいなことをやるのだろうと思っていたのだけれど、それはまさに「レントゲンの整理」そのものだった。
資料保管庫に保管されている膨大な数のレントゲン写真に、いちいちIDナンバーをふって整理していくのだ。
電話帳みたいな厚さの退院名簿から名前を頼りにIDナンバーと退院日を検索して、マジックペンでしっかりとその番号を封筒に記入する。
そして番号順に並べ替えるのだ。
20件に1件くらいの割合で「死亡退院」とか、「死亡ENT」と書かれた封筒が出てくる。
オレはその「死亡退院」の文字の上から30-2586-3とか08-0296-0とかそういう数字を赤ペンで大きく書いていく。
大会議室にズラリと並んだ机の上で19人の持った19本のマジックペンが出来損ないのロボットの鳥が本物を真似て鳴く悲しく滑稽な歌声みたいに変テコな音を立てていた。
内科の山が終わったオレは何となく精神科の山に手を伸ばした。
もうあまり「死亡」という文字を見たくなかった。
さすがに精神科には「死亡退院」という文字はないだろう、と漠然とあたりをつけたのだ。
しばらくはその単純作業を黙々と続けた。
しかししばらくして突然オレの頭にふと疑問が浮かんだ。
何故精神科にレントゲン写真が必要なのだろう。
オレは封筒の中のレントゲン写真を見てみたのだが、医学の知識もないオレには当然その写真が何を意味するのかは分からなかった。
が、オレはその写真に抑えがたい興味を覚えた。
封筒には女の子の名前が書いてあった。
さっきまでやっていた内科の場合、ほとんどの封筒は一目でそれと分かる「トメ」とか「キヨ」とか、そういう老人の名前が無愛想なカタカナで書いており、そしてその通り、名前の右下には56歳とか87歳とか書いてあった。
しかしそのとき手にとった精神科のその封筒に書かれたそれは現代の女の子の名前だった。
「アイカ」と書いてあった。
右下には16歳と書いてある。
不思議なレントゲン写真だった。
下顎から腰にかけてを真横から撮影してあるらしいその写真の中の、骨まで透けて見える16歳の少女の口元がオレには確かに笑っているように見えたのだ。
うっすらと見えるまだ発達しきっていない薄い乳房らしき白い影や、さらに白の濃い肋骨の影が美しく並ぶその上で、骨まで透けた口元が小さな笑みを静かに浮かべていた。
オレはその写真をそのまま内緒で自分の家に持って帰りたい激しい衝動に駆られた。
何故だかは分からないけれどいつまででもその写真を見ていたいと思った。
オレはその時自分のちんちんが 少しづつふくらんでいくのを感じていた。
まるで真夜中の眠気のようにゆっくりと少しづつふくらんでいくのを。
振り向いてみると窓の外は冬の陽射しが冷たく澄んだ空気に滑らかに融け込んでいて、薄明かりの向こうの青空はまるで無機的なガラス板のようだった。
ああ、今日のような日は暖かいセーターでも着て外のベンチに座っていたいな。
タバコを吸って冬の空気を眺めてそしてそのまま眠ってしまうのだ。
オレはちらりと腕時計を見やってすぐにまたマジックペンを握り直した。
日記殿堂入り一覧に戻る
表紙に戻る