2000年2月16日
2000 2/16
今日はバイトが休みだったので、渋谷までブエナビスタ・ソシアルクラブを見に行った。
ブエナビスタ・ソシアルクラブは、ライ・クーダーが監督をやってヴィム・ヴェンダースがプロデュースしたというキューバ音楽版の許されざるブルースブラザーズというかんじの映画だ。
「許されざるブルースブラザーズ」というのは「許されざる者」と「ブルースブラザーズ」のあわさったかんじを文学的に表した、オレのスター的比喩である。
なかなかにいい映画だった。
キューバの小汚い街並みはオレの故郷の沖縄みたいに懐かしく美しかったし、老人達はみんなキューバ葉巻を美味そうにふかしながら自分の生い立ちや、音楽について語るのだ。
その姿は何か音楽そのものというか、美しき快楽主義というか、まあ何というかとにかくすごくかっこよかった。タバコはああやって吸うもんだ。まあいいや。
その映画は昔のキューバ音楽の偉人達を今集めて音楽を奏でてもらう、というような話で、いわゆるひとつのドキュメンタリー映画なのだが、とっくの昔に忘れ去られたはずの80歳だとか90歳のじじいがいまだにすごい演奏をしてしまうのが大きな驚きだった。
中には「音楽では食べていけず靴磨きをやっていたんだ。15年間歌ってないよ」というじいさんとか、「関節炎にかかってしまって1980年から一昨年までピアノが弾けなかったんだ」というじいさんまでいる。
関節炎の方はもちろんジョークなのだが、オレは今まで年をとって下手になってやめていく人ばっかり見てきたので、老人になってもある一定の技術の水準を保ち続けているという事実が、努力などという安っぽいものでなくそのまま「音楽で歳をとった」というかんじに見えて、オレもいちミュージシャンとして頼もしく思った。
オレのよく行く飲み屋(特にネブラスカ)にはいつもしょーがないおっさんが集まっている。
「オレはまだロックスターになる夢を諦めちゃいないぜ。」とか、
「オレはもうダメだがまだ遅くない、若いおまえらが革命を起こすんだ。」とか、
そんなことばっかり言っている30過ぎの、下手すると50も半ばを過ぎている愛すべきろくでなしどもが酒臭い息をはきながら毎日朝までくだを巻いている。
オレはそういうろくでなしどもを心底軽蔑してみたり、熱く議論しあったり、またそこに下手をすると未来の自分かもしれないオレ自身を見て身につまされたりしながら、
「ああ、この飲み屋は最低の飲み屋だ。」
と言いながらその飲み屋に月一くらいのペースで通っている。
そこのおいちゃん達は妙に年齢にこだわる。
おい、トム・ウェイツは30歳までピザ屋の店員だったんだぜ、とか、どっかの誰それは45歳になって始めたギターで55歳になってヒットをとばしたんだぜ、とか。
それは彼等の慰めなのだ。
オレだって12歳の頃、バンドを結成して間もない頃には、
「17歳までに最高のアルバムを一枚出して、ほんですぐに死んでやるんだ。」
なんて偉そうなことを言っていた。
それが17歳を過ぎ、20歳になり、いつの間にか25歳になり、若い自分自身と交わした自殺の約束をホゴにするためにずいぶんたくさんのことを考え、ずいぶん悩み、ずいぶん無茶をして、多くの言い訳と哲学と信念をでっちあげた。
17歳までに云々と言っていた頃のオレの頭の中にいたのはシド・ヴィシャスだった。
18歳になると「何とか20歳までには」と思った。
今では「何とか26歳までには」と思っている。
この調子で27歳になったなら、きっとオレだってほぼ確実に、
「おい、トム・ウェイツは30歳までピザ屋の店員だったんだぜ。」
なんて言うに違いない。
ブエナビスタ・ソシアルクラブでじじい達は何十年かぶりのでっかい花火を上げる。
ライ・クーダーのおかげでじじい達は何十年かぶりにでかいヒットをとばす。
アルバムは98年か97年のグラミー賞を得る(ちょっと記憶が曖昧だがたぶん間違いない)。
じじい達は言うのだ。
「よう、カーネギーホールではいつ演奏できるんだい?」
昨日まで靴を磨いていたじじいが。
99年7月1日、ライ・クーダー自身それはちょっと無理だろ、と思ったカーネギーホールでのコンサートが関係者の尽力で実現する。
音楽の親愛や、楽しさや、美しさや、切なさや、冗談のつまった素晴らしい演奏である。
じじい達は本当に、それを見ただけで誰もが人生に感謝したくなるようないい笑顔で笑う。
音楽と何十年と親しみ、人々に忘れ去られながらもそれでも笑いながら音楽と共に生きてきたじじい達の人生がありありと目に浮かぶような、そんな素晴らしいコンサートだった。
もちろんきっとじじい達は誰かを勇気ずけるために音楽をやってきたワケじゃないだろう。
ただただ自分のために歌うからこそいい演奏ができるのだ。
楽しいおしゃべりをしてただけさ、なんて言うかもしれない。
けれども。
オレはこの調子でちっとも有名じゃないまま歳をとって死んでいくかもしれない。
ガキの頃は偉そうなことを言ったけれど、世界の歴史には大した足跡も残せないかも知れない。
オレは自分を心底天才だと思うし、オレ自身を尊敬しているし、オレは誰にも下駄を預けずに一人で勝手にいつまでも幸せでいる自信がある。
他人がオレの音楽をどう思うかはオレの預かり知らぬことだし、オレのどうにもならないことなんかどうなってもいい、と思う。
オレにとっては自分で自分のことを「スター」と言えるかどうかだけが問題なんであって後は知らんのだ。
けれども。
オレは例えば80歳になったオレが靴を磨きながら、
「おっさん、世の中には昨日まで靴磨いとった男が90歳になって初めてカーネギーホールでスタンディング・オベーションを受けることかてあるんやで。」
なんてなぜか関西弁で言ってる姿は容易に想像できるのだ。
ブエナビスタ・ソシアルクラブは傑作とまではいかないまでも、なかなかにいい映画だった。
きっと多くの「忘れ去られた人」に勇気や希望を与えるだろう。
あの飲み屋のろくでなしどもにだって。
じじい共は意識してなかっただろうが、それはなかなかに素敵なことなのだ。
日記殿堂入り一覧に戻る
表紙に戻る