2000年4月23日



2000 4/23

休憩や休息というのは仕事や労働の後にあるのが当たり前である。
仕事始めは9時からなのだが、9時に出勤したらまず1時間の休み時間があって、本来の仕事は10時から始まる、なんていう職場はあまり聞いたことがない。
夜眠る時に「さあ、新しい一日の始まりだ。」などと思う人もきっとあまりいないだろう。
普通はぐっすり休んで、目が覚めた後に新しい一日が始まるのだ。

例えば世の中には最初にどかーんと使っといて後から借金をちびちび払い続ける、といったスタイルを貫いている人もいるにはいるが、オレはどちらかというと好きな食べ物は最後にとっておくタイプだし、借金があるとどうも心から楽しめない心の素直な友達思いのいいやつなので、やはり楽しいことは最後に残しておいて楽しくないことから先に片づけてしまいたい。
もしかすると「最初にどかーん」の人はまずゆっくり休んでそれから仕事をするのかもしれない。
夜眠る時に「さあ、新しい一日の始まりだ。」などと言って。

二人のフェラーリファンがいたとしよう。
その二人の男はフェラーリが好きで好きでたまらないのだ。
ある日片方の男はフェラーリを買うために生活を切り詰めて貯金を始める。
ところがその同じ日、もう一方の男は借金をしていきなりフェラーリを買ってしまう。
借金の男は毎日フェラーリを乗り回し、もう二度とこない青春の時をフェラーリと過ごす。
貯金の男はそれを横目に黙々と働き、地味な青春を倹約と過ごす。
時が流れて借金の男のフェラーリは廃車になってしまう。
しかし借金の男は平気である。
フェラーリと過ごした貴重な時間を思い出に今度は借金を返し始める。
かたやようやく金の貯まった貯金の男はついにフェラーリを手に入れるが、長年の厳しい労働のせいでフェラーリのようなスポーツカーの運転ができない体になっている。
年老いた貯金の男は静かにフェラーリを磨きながらそれを乗り回す自分を夢想する。

さて。
この二人。
ぱっと見だとどう見ても借金の男の方が幸せに見える。
オレがそういうふうに書いたからだ。(←ユーモアのつもりである。)
我ながらいくらなんでももう運転できない体にまではしなくてよかったかなとも思う。
まあでもしょうがない。
ごめんよ貯金の男。
そういうふうにキーボードが進んでしまったのだ。(まだユーモアのつもりである。)
しかしみんなにはよく考えてみてほしい。
どちらの男が最後まで明日を夢見ていられたかを。(←これはユーモアではない。たぶん。)
君達がどちらの男を幸せだと考えるかは自由だが、やはりオレなら迷わず貯金の男をとる。
一般ピーポーには貯金の男はちまちまして見えるかもしれないが。

で、本題。
今日は日曜日である。
(厳密に言うと今この日記を書いている時点でもう12時を過ぎてしまっているので、本当は24日の月曜日なのだが、そういう細かいことは気にするな。)
人は日曜日を週の始めだと考えている。
カレンダーでも日曜日は週の始めに書かれてある。
日曜日というのはユダヤ教で言うところの安息日、つまり休憩する日のくせに、である。
オレはこれに納得がいかない。
大いに納得がいかない。
そもそもなぜ日本人が西洋の暦の「週」という概念を受け入れたのか、そこらへんの詳しい事情は知らないが、(おそらく明治になって入ってきたのだろう。普及したのはたぶん資本主義に都合が良かったからだ。きっと。)そういうことはこっちに置いておくとしてとにかく納得がいかない。
ずっと昔、一週間は5日だったのだが(本当)、その頃初めてみんなで「これからは週でいぐべ」と決めた時、「まあ、しょっぱなからなんだけど今日はみんな昨日のお祭りで疲れているし、とりあえず休むべ。」「んだ。んだ。」となったんだろうか。
それで間違って日曜が週の頭になってしまったんだろうか。
みんなだっておかしいと思うだろう。
思わないか。
これでは夢がない。
同じ循環する7日でも気持ちの盛り上がりが違う。
モチベーションが保てない。
日曜は週の最後であるべきだ。心情的に。

それともみんなは借金を払うような残りの辛い6日間も日曜の思い出さえあれば耐えていける、とでも言うのだろうか。





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