2000年5月14日



2000 5/14

もしかすると買い食いしてる時が一番しあわせかもしれない。
思えば子供の頃から買い食いするのが大好きだった。
通学路の途中の「たわた文具店」で買った駄菓子の味は今でも忘れられない。
今でもオレは散歩のたびに何かしら買っては食っている。
知らない町の商店街の肉屋のコロッケや焼き鳥。
ちょっとした都会だとハンバーガーやホットドッグ。
関西あたりだとイカ焼きやタコ焼き、冷やし飴なんてのもあったっけ。
どんな遊園地よりも、どんなプラネタリウムよりも、どんな動物園よりも、普段の何気ない買い食いの方が生活に潤いを与えてくれるような気がする。
たとえ退屈な日常でも、買い食いがあればわりあい楽しくやっていける。
きっと誰だって買い食いの楽しみを知れば、人生が2割り増しくらいしあわせに満ちたものになるんじゃないかと思うのだ。

買い食いの時は少し行儀は悪いがやはり歩きながら食べた方が断然旨い。
そうして気分がどんどん盛り上がってきて「もうたまらん」となったらビールを買いたい。
買い食いの選択肢にビールが現れたのはもちろん大人になってからだが、このおかげでオレにとって買い食いはさらにエキサイティングなものになった。
わははは、ガキどもよ、おじさんは君たちがとうてい知ることのできないような、たとえ知ったとしてもとうてい耐えることのできないような、本当の子供よりも本当に子供らしい幸福を感じているのだよ。

しかしビールを買うと今度はちと「歩きながら」という原則も逆にうっとうしくなってくる。
せっかくビールを買ったのだから一刻も早くどこかに座り込んでこの焼き鳥とビールに集中したい、という気分になってくる。
近くにかんじのいい公園や、多少かんじが悪くてもちょっとしたベンチとかがあればそれにこしたことはないのだが、そういうものがない時、オレの場合はもうこの際世間のしがらみやら姑のいびりやら亭主の安月給やら息子の進学のことなど忘れてえいやっとそこいらへんの路肩に腰掛けることにしている。
だって早くしないと焼き鳥が冷めてしまうんだもの。
真っ昼間っからチンピラみたいに路上でそんなことをしているとガッツ石松に怒られそうだが、幸運なことに今のところはガッツ石松にも出会わずにすんでいる。
焼き鳥の串がいつの間にかつまようじになって、ビールがカラになって、そうしたら今度は空をさかなにタバコを吸うのだ。
ああしあわせ。
一段落ついて立ち上がって歩き出すと、今度はさっきスーパーで買った酢昆布が余ってることを思い出したりして。

食ったり飲んだり吸ったりしながら散歩をするのは本当にいいものだ。
こんなオレであるからデパートの「なんとか物産展」とかに行くと興奮しすぎて失神しそうになる。





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