2000年7月4日



2000 7/4

歌手としてどこかで「吹っ切れ」なければならないと考えていた。
「キメ」のポーズなんて決してできなかったし、「愛しあってるかい」だなんてとてもじゃないが言えなかった。
観客を前にしてもいつもどこかに「迷い」があった。
「自然体」だとか「肩の力を抜く」だとかをとりあえずの言い訳にして、いつも自嘲気味に、「自分がやっていることがとても恥ずかしいことだなんていうのは言われなくてもちゃんと分かってるんだぜ」みたいな顔をして歌っていた。
いつも「ツッコミ」を恐れていたし、また恐れるあまり「ツッコミ」を待ち望んでもいた。
どうせなら全てはギャグなんだということにして逃げ出してしまいたかった。
自意識のいやらしさやさぶさというものをオレ自身知っていたから、「狙ってる」と思われることだけはどうしても避けたかった。
いつもニヒルっぽく笑っていたさ。
もう5年も前の話だ。

ついこの間ムツゴロウさんがライオンに指を食いちぎられたそうだ。
テレビの撮影中に。
ムツゴロウさん指が2本ほどなくなっちゃった。
わんさかやってくるマスコミにその時ムツゴロウさんが言ったというせりふを友人から聞いたのだが、オレははそれを聞いてしたたかに感動してしまった。
「こんなことでニュースになるなんて動物にたずさわる者として恥ずかしい。」
ムツゴロウさんはそういうような内容のことを言ったそうだ。
それは「失敗してしまって恥ずかしい」という意味では決してない。
ムツゴロウさんはそのせりふの中で、「指がなくなったり命を落としてしまったり、というのはもうとっくの昔に覚悟しているし、そしてそういうようなことは動物にたずさわっている以上いつでも有り得ることなんだ」というようなことを言いたかったんだと思う。
「こんな当たり前のことで騒がせてしまって申し訳ない。本当に大したことないんです。指が2本ほどちぎれたくらいのもんです。」
ムツゴロウさんはそう言っているのだ。

オレはムツゴロウさんを尊敬している。
すべてのヒントはムツゴロウさんに隠されている。
ムツゴロウさんは決して天然ではない。
長い時間をかけて少しずつ「迷い」を吹っ切っていった人だ。
醒(冷)めてしまった人間でももう一度あんなに素敵な形で「あの感じ」を取り戻すことができるのだ。
ムツゴロウさんは十牛図の見本みたいな人だ。

「キワムはスターになって本当に吹っ切れたな。立川談志くらいにはなった。」
と少し昔にあるオレの尊敬する芸術家に言われたことがある。
(談志なんか完全な努力の人だと思う。結局最後の一歩を踏み出せない人代表。)
はやく「ムツゴロウくらいまで来てるな。」と言わせたいもんだ。

ブルース・リーとジャッキー・チェンだったらジャッキー・チェンの方が偉い。
「あしたのジョー」と「がんばれ元気」だったら「がんばれ元気」の方が偉い。
松尾芭蕉と与謝蕪村だったら与謝蕪村の方が偉い。
長島茂夫とムツゴロウさんだったらムツゴロウさんの方が偉い。

ちゃんと書こうと思ったらかなり長くなりそうな話なんでいろんなとこをはしょっちゃったけど、オレの言いたいことは伝わっているだろうか。
この間の話の流れで言えば船木が今一番見習うべき人なのだと思う。
ムツゴロウさんは。





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