インタビュー
インタビュアー(以下イ)「こんにちは。」
またよしきわむ(以下ま)「ごきげんヨーロレイッヒ。」
イ「変わったあいさつですね(笑いながら)何ですかそのヨーロレイホーというのは。」
ま「いえ、ヨーロレイッヒです。地球の見ている夢といいますか、平和への願いなんです。」
イ「そういうものが「ヨーロレイッヒ」という言葉に含まれていると。」
ま「ええ、そういうことです。」
イ「いつも「ごきげんヨーロレイッヒ」とおっしゃっているわけですか。」
ま「ええ、自分の生きていく姿勢というか、そういうのをはっきりさせときたいですからね。
これだとあいさつのたびに、僕の立場というものを明確にできるわけです。」
イ「なるほど。でもそれは神とかそういうトコにいっちゃいませんか。」
ま「目そのものなんですよ神は。赤とか白とかぐんじょう色とかありますが、黒が一番なんです。
ストーンズとかはそういうことをすごくよく分かっていて「黒くぬれ」とか歌ってるんですけど、
実はね、ビリジアンなんですよ。」
イ「と言いますと?」
ま「今世界中でビリジアンコンセンスというムーヴメントが始まりつつありまして、
日本の役割というのがキーポイントになってるんです。
ヴィトゲンシュタインとかの言い方で言うと個としての解法とか、
そういうことになっちゃうんですけど。」
イ「デンマークのダンベル落とし事件(笑)」
イ・ま「ツタンカーメン(笑)」
ま「(笑いながら)まぁツタンカーメンは大げさだけど物言いくらいはつけて欲しかった。
権力というのは歴史を紐解いてみてもろくなことをしていない。
アームストロングが月に立ってた時レーベンフックはライヒのケツを舐めてたと言いますよ。」
イ「ケツですか。」
ま「ええ、ふぐりの裏までなんですけどね。」
い「許せませんね。」
ま「権力というのはそういうもんなんです。
どんなに清廉潔白で有能な政治家でも議会政治の中では結局、
党のケツ集めに必死にならざるを得ない。
システムの根本的なトコロでケツがつきまとってくるわけです。
今山川君(編集部注、山川リチャード・主な著作「ガイアの幻想・(山水書院)」等)なんかが、
詳細なルポとかやってますけどその中でもやはりケツには触れていない。
だからそういうタブーを破る僕みたいなのが必要になってくるわけです。」
イ「世界うるし塗りの祭典の時のバカやロー発言では日本中が大騒ぎになりましたね。」
ま「ええ、タブーを破る、ということでは僕なんか芸風と言ってもいいくらいなんですけど、
思い返すとそんなことばっかりやってますね(笑)。」
イ「僕はちょうどあの(バカやロー発言の)時エチオピアで物理学を教えていたんですけど、
事件の事を知ってこれは日本がえらいことになっているぞと、
あわてて日本に戻って来たんです。」
ま「あの頃というのはね、ちょうど今と似てるんですよ。
ツタンカーメンはさすがになかったけどゴムひも運動というのが盛り上がっていた。」
イ「田中さんとかの解任とかもその影響ですか。」
ま「そうです。僕とか今の理事長の原田とかが中心になって「ゴムひも反対」とかやっていた。」
イ「過激ですね。」
ま「でもあたりまえのことなんですよ。
自由であるはずのゴムひもを法で規制しようとしていたんですからね、田中さんは。」
イ「今のゴムひもについてはどうですか。」
ま「夢のようですね。僕等の若い頃はビニールひもで代用していたくらいですからね。
今日も家に帰ったらゴムひもをビリジアンにぬろうと思ってるんです。」
イ「色ですか。」
ま「結局そこに行っちゃいますね。(笑)」
イ「ビリジアンコンセンス(以下B.C)の運動もゴムひもの流れから始まったわけですか。」
ま「いや、B.Cの方は全く別の運動ですね。ライアルワトソンとかが最初に言い出したと思うんですけど、
1968年かな?ちょっと憶えてないんですけど、
それで多田さん(地球のねじれを考える会代表・主な著作に「ほりごたつシンドローム(文化社)」等)
とかが日本代表でニカラグアの方へ行っていたんですよ。
5年くらいB.Cの運動をニカラグアでやっていた。
で、日本へ帰ってきた多田さんに六本木で会いましてね、
ぶわーっと盛り上がってじゃあ一緒にやりましょうということで。
もともとキャンベラの本とかは読んでいたし。
(キャンベラの本、ナジーム・キャンベラ、主な著作に「B.Cのすべて」等)」
イ「六本木ですか。」
ま「はははは、まぁB.Cの方は運動というよりも日々の生活の中での確認というか、
主義みたいなもんでね、B.C主義と僕は呼んでるんですけど、
多田さんともそこらへんで考えが一致したんです。」
イ「六本木で。」
ま「「しろたえ」っていうバーなんですけどね。」
イ「えっ、もしかしてチャクラポンですか。」
ま「あれっ、知ってるんだ「しろたえ」。」
イ「僕もよくチャクラポンでペシるんですよ。」
ま「ペシる(笑)。」
イ「あそこはいいですね。そういえば僕の小説にも少しだけ出てくるんですよチャクラポン。」
ま「あれは逆さにするとうまく行きますよ。ケツアルカトルだったっけ。」
(六本木にある「しろたえ」というバーには日本の言論界の著名人がよく集まっている。
「チャクラポンをペシる」というのはフランスの「ペシリトール」という言葉からきており、
チャクラポンの先の方をひねるやり方。)
イ「そういえばチャクラポンで有名な(ウィリアム)ジャンセンとかも、
最近は講演でB.Cについて言及していますね。」
ま「B.Cはチャクラポンに通じる(笑)。というのは冗談ですけどそうですね。
ジャンセンとかに言わせると、ヨーロッパはもう「終わってしまって」いるわけです。
思想も頭打ちになってしまっている。
タラマン(ウッジ大学教授)やサイード(ボン大学教授)なんかもみんな日本に注目していますよ。
日本には何と言うか、生活のレベルでの強度があるわけです。
滋賀県なんかに残っている男根祭り
(男根に扮した宮司に蒟蒻を投げつける祭り。その時のかけ声から「ちんばんば祭り」とも呼ばれる)
とかは象徴的ですね。
原始的なセクシャリティーと近代的なペシミズムが、
日本では非常にいいバランスで融合している。
いい意味でのラジカルさがあるわけです。」
イ「強度ですか。」
ま「ええ、強度です。」
イ「正直言って僕は今ふるえているくらいなんですけど、思想の言葉に久々に戦慄しました。
だがしかし仕事なんでもう少し話を聞かなきゃいけない(笑)。
アジアの原理的な強度という点で、もう少し詳しく話していただけませんか。」
ま「例えば産業革命以降のヨーロッパ、まぁアメリカもそうなんですけど、
その発展というのがですね、非常にピューリタン的なんです。
資本主義というのも禁欲的なピューリタニズムによってその思想的な土台を保っていた。
それがニューサイエンスだとかそういうものが台頭してきて、なんか違うぞと。
それでアジアのいい意味で原始的な、
そういう強度のある社会というものが注目され出してきたわけです。」
イ「イスラムとかはどうなんですか。」
ま「イスラム教とキリスト教というのは近親憎悪みたいなもんでね。」
イ「元が同じ。」
ま「そう。唯心論的にカリカチュアされたダイナミズムというのがある。
ですから今はアジアですよと。これは10年くらい前から言ってるんですけど。」
イ「なるほど。」
ま「ですから強度という意味では日本の天皇制もね、あれは残すべきなんです。」
イ「ああ、そうか。」
ま「それでこそB.Cも意味を持つんじゃないでしょうか。」
イ「全くその通りですね。」
ま「うるしにしろゴムひもにしろ僕はひとつのことしか言っていないわけです。
つまり夢をあきらめるなということであり、
自由への侵害とは断固として戦えということです。
そしてB.Cの中ではまぁ肩の力をおぬきなさいよと、
これは矛盾してるようで全く同じことなんですね。
だから若い人達もよくやっていると思いますね。
僕はそういう人達への協力は惜しみません。
そのためならもうイルカは食わなくてもいいとまで思ってるんです。」
イ「それは事実上のリーダー宣言と受け取ってもいいんですか。」
ま「ええ、かまいません。」
イ「うわっ、また日本が上へ下への大騒ぎになりますよ。
そんなに過激でいいんですか。」
ま「ツタンカーメン(笑)。」
僕自身ずっとあこがれだったまたよし氏と今日初めて話をしてまだ興奮が冷めない。
「強度」というトコロに話が及んだときには正直鳥肌が立った。
あらゆる意味で「アナーキー」な氏であるが、僕はそこに深い愛を感じずにいられない。
おそらく今日の「リーダー発言」は歴史に残ることになるだろう。ゴムひも万歳。
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