展望台



昨日天気予報で高気圧がはりだしてきてるって言ってたっけ。
今日は午後を過ぎてからもぞもぞと起き出した。
バイトが休みだったので昨日は安心して一杯やったのだ。
寝坊するのは気持ちがいい。
しばらくテレビのワイドショーかなんかを見てぼーっとしていたのだけど、 家にいたって何もやることないし、商店街に買い物に行くことにした。
空気のきれいに澄んだ気持ちのいい冬の日だった。
夕メシの材料とビールを買った。
どうせなので昼メシは公園で食べようと思ってカキフライ弁当と豆乳も買った。
公園の木々はしばらく散歩に来ないうちにもうすっかり秋の装いになっていて、 遊歩道は銀杏の枯葉でやさしくあたたかく覆われていた。
ベンチに座って弁当を食いながらふと遠くを見ると中野サンプラザが見えた。
なんだか不思議な静けさがあった。
オレは少し驚いた。
もう何年もここに住んでいるのに、 こんなにくっきりと中野サンプラザが見えたのは初めてのことだったのだ。
「今日なら見えるかもしれない。」
オレはすぐにあのことを思い出した。
もう何年も願っていたのだが、 いつ行っても空が曇っていたり、 スモッグが出ていたりして、 それをはっきりと見たことがなかった。
さっそくいったん家に帰って新宿まで出かけることにした。


コンビニで週間少年ジャンプを買って地下鉄に乗り込むと、 電車は意外にすいていた。
座ってジャンプを読んでいたら新宿に着いた。
西口から連絡通路を通って都庁に向かう。
動く歩道はちょうど逆向きに動いていて、 午前中は駅から都庁方面、 午後は都庁方面から駅、 というかんじに都庁の役人に合わせて動いているらしかった。
オレは逆向きに走る歩道を横目にそのとなりを歩いた。
何年か前まではここにはたくさんのホームレスが段ボールで家を作って暮らしていた。
そしてものすごく臭かった。
毎朝通勤でここを通る人はスーツが小便臭くなるのを我慢しなければならなかった。
そこで都は動く歩道作りという口実を作ってホームレスを追い出しにかかったのだ。
あの役人とホームレスの大戦争では都の職員もバケツに何杯もの糞尿攻撃でたじたじだったらしい。
結局ホームレスは強制的に退去させられてこの時差一方通行の動く歩道が完成したのだ。
しかし糞尿攻撃というのが傑作だ。
全共闘の生き残りだとか、 何かの政治組織やら市民団体やらがホームレスに味方したらしいのだが、 こんなに効果的でなおかつ平和的でしかもお茶目な攻撃はそういうやつらの発想にはなかったに違いない。
せいぜいがドカヘルにたすきがけのシュプレヒコールくらいだったろう。
連絡通路を抜けると西新宿の高層ビルたちが、 青い空を道路に沿ってその頭でつまむみたいに広がっていた。


都庁は相変わらずマジンガーZみたいだった。
初めて東京に来た時もオレはそこに立っていた。
その巨大なビルはテレビアニメの悪役ロボットみたいに、 無機質的に非現実的な佇まいで容赦なく慄然と建っていて、 オレはそのあまりの圧倒的な迫力の前に暫く呆然と見惚れていたのを憶えている。
あれ以来、2・3ヶ月に一回はここに来ている。
人間が偉大なのか愚かなのかは分からないが、 ほとんど無意味なその巨大ビルがとてつもなくかっこいいのは確かだ。
都庁をおかずにタバコを一本吸ってから、 オレは慣れた足どりで展望台エレベーターに乗り込んだ。
45階の展望室には1分もかからない。
無料だし、大した人気もないし、オレはここの展望室が大好きだ。
禁煙だけれど喫茶店もあってコーヒーが飲める。
西側の窓からそれを探したがちょうど西日がまぶしくてあまり遠くまでは見えなかった。
オレはコーヒーを注文して夕暮れを待つことにした。
手応えは充分あった。
空気は驚くほど澄んでいたし、
雲も少なかったし、
スモッグもほとんど出ていなかったし、
それに何といっても今日は空が高かった。
コーヒーを飲み終わる頃、 西側の窓際の観光客らしきおばさん達が、
「あっ、あれよ、あれよ。」
と言っているのが聞こえた。
ジャンプの残りを読んでいたので気がつかなかったが、 空はうっすらとオレンジ色に染まっていて、 いままさに夕日が沈んでいくところらしかった。
オレはすぐに窓際に走った。
そしてそれは見えた。
夕日がその左側の稜線にゆっくりと隠れていく。
オレは遠くにちょこんと小さく見えるのを想像していたのだが、 そんなことはなくそれはとても大きかった。
隣に外人が立っていて、
「オー、ビューティフル。」
と言ったのでオレは、
「ザットイズマウントフジ。」
と言った。


東京から富士山を見てみたかった。
今までにも何度も展望台に登ったが一度も見たことがなかった。
江戸時代には普通に見えたらしいが今ではほとんど見えない。
でも天気が良ければ東京からでも富士山が見える。
しかもかなり大きく。
今日は本当に幸せな日だった。
オレは子供の頃から高いところと富士山が大好きなのだ。
大都会のビルだらけの街並みの向こう、 都庁の展望室から見た夕暮れの富士は本当にきれいだった。


1999 11/17 又吉究




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