ハイライトの男
タバコを吸っているところだ。
今は夜で、とても静かだ。
煙がすじになって目の前をくゆっている。
灰が長くなってきたんで灰皿に手をのばす。
ある友達はこの灰をどれだけ長く落とさずに残しておけるか、
というのが何かのテーマらしく、
いつも危うい灰の棒をタバコの先に作っていた。
オレはどちらかというとそういうのには神経質なところがあって、
いつもひっきりなしに灰皿に灰を落としている。
真っ赤な火種を常に裸にしておかないとなんだか落ち着かない。
タバコの灰の落とし方にもいろいろあって、
オレの場合はたいてい人差し指と中指の第一関節あたりにはさんで、
灰を落とすときには「てこ」のように親指を動かして、
タバコの横っ腹を灰皿の縁にぶつけて落としている。
わざわざ親指と中指に持ち換えて、
人差し指でタバコをとんとん叩いて灰を落とす人もいるが、
あれだと火種のまわりに灰が残ってしまい、
火種のやつを完全に裸にはできないので、
オレはあまり好きじゃない。
それにこれはなんでかは分からないが、
あの吸い方は何か女性的なかんじがする。
なぜだか知らないけど男らしくないような気がする。
最初っから人差し指と親指でつまんで吸って、
灰を落とすときはデコピンするときみたいに中指ではじいて落とす人もいる。
あの吸い方はなんか不良っぽいというか労働者っぽいというか、
とても魅力的でかっこいい吸い方だとは思うのだけど、
灰を落とす時のデコピンの中指の力の加減が難しく、
下手をすると勢い余って火種ごと飛ばしてしまうこともあるので、
安全に吸うには熟練を要する。
オレの見たところ、
世の中では人差し指とんとんの方がどちらかと言うとオーソドックスな吸い方のようだ。
高校一年生の時に付き合っていた恋人はタバコを吸わない女の子だった。
それなりにドラマチックな恋の物語もあって、
たぶんこれからも一生ああいうふうには人を好きになることはないんじゃないか、
というくらい、なんだか今思うと本当に幼く美しい恋だった。
詳しい話はきっとオレの死ぬ前までには文章にできると思う。
今はタバコの話だ。
彼女は学校帰りにちょくちょくオレの家に遊びに来た。
たいていオレの家は夜中までオレ一人だったので、
オレ達は親に気がねすることなくゆっくりと二人で過ごすことができた。
話の内容の方はあまり憶えていないけれど、
オレ達は何時間も二人でいろんなことを話した。
たぶんどうでもいいようなくだらないことを。
とにかく二人きりでいれることが嬉しかったのだ。
その時オレはいつもタバコを吸った。
照れ隠しだったり、
不自然な沈黙をごまかすためだったり、
かっこつけだったり、
本当にただ単にタバコが吸いたいだけだったり、
いろいろな理由でオレはなにかというとタバコを吸ってばかりいた。
彼女はいやな顔ひとつせず時にはオレのタバコに火を点けてくれたりした。
あの頃のオレはタバコの煙の充満した部屋というのに何故か憧れていて、
わざと部屋の窓を閉めてタバコを何本も吸って、
部屋の隅がその煙で白くぼやけたりするのを喜んで見ていた。
そういうのがかっこいいと思っていたから、
(今でもどっかかっこいいと思っているのだが)
彼女が来た時には特に窓を閉めきって、
そういう部屋を演出したりしていた。
「あたしのお父さんタバコ吸わない人だから、
タバコの匂いにすっごく敏感なんだ。」
「ふーん、そうなんだ。」
「キワムと遊ぶといつも制服にタバコの匂いが染み込んじゃうから、
お父さんにばれないようにすんの大変なんだよ。
家に帰ったら速攻で部屋にダッシュするの。」
「オレ、タバコ吸わない方のがいいか?」
「ううん。他の人のタバコは嫌だけどキワムのならいい。」
彼女は笑った。
「家に帰ってね、制服脱ぐでしょ。
そしたらねキワムの匂いがすんの。
それがまたくさいんだよねー。」
彼女はオレ以外のそばにいる誰かに話しかけるみたいに言った。
「なんだよそれ。」
「道歩いてても分かるんだよ。
あっ、キワムの匂いだって思うと誰かがタバコ吸ってんの。
あれ絶対ハイライトだと思うよ。」
鼻の穴をふくらませて自信たっぷりに言う彼女が、
オレはなんだか愛おしかった。
「あたしもタバコ吸おうかなー。」
「やめとけよ。」
「うん。やめとく。くさいもんね。」
そう言って彼女はもう一度、
今度はしっかりとオレの方を向いて、
いたずらっぽく笑った。
最近ではもうタバコは流行らないから、
こんなことをしても女の人に嫌われるだけかもしれないが、
オレはたまに自分のコートやジャケットにタバコの煙を吐きかけて、
それを香水代わりにしている。
オレの匂いだ。
オレはひょっとすると今でも彼女はハイライトの匂いを嗅ぐたび、
「あっ、キワムの匂いだ。」
と思っているんじゃないかと思っている。
もしそうやってたまにでも思い出してもらえてたら嬉しいなと思う。
何かモノと結びついた思い出というのは、
意外にしっかりと残るものだ。
オレも「いいちこ」を見るたびにひっちゃんを思い出すし、
冷やしトマトを見るたびにかっしーを思い出す。
そういうかんじでオレも彼女の記憶の中でハイライトと結びついて、
ちょくちょく思い出してもらえていたらいいなと思う。
「ハイライトの男」だなんてちょっとかっこいいじゃないか。
もしかするとオレが今だにタバコを変えないで、
ずっとハイライトを吸い続けてるのはそのせいなのかもしれない。
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