一日五回の運命
「オレなんか最近急速に脳がおっさん化してるみたいやねん。」
とオレ。
「ふーん。どうして。」
と女。
「なんかオレ最近女の顔ばっかり見てるねん。気がつくといつも。」
「それがどうしておっさんなの。」
「アホやなあ。あれやで。ただ見てるだけとちゃうねんぞ。
無意識のうちにごっつい品定めしとんねんオレは。
ほんでかわいい女がおったらやな、もう一瞬のうちに恋に落ちんねん。
あー、これがあの有名な運命ちゅうやつやな。
なるほどびりびり電気が走るわい。
ゆーかんじでや。
ほんで二人のこれからの人生とかやな、セックスライフとかやな、
そーゆうあれを思い浮かべるんや。
思わず。
見ず知らずの女にしかもすれ違いざまとかにやで。」
「ふーん。」
「自慢じゃないけどあれやで。
一日に五回は見知らぬ女に運命の出会いを感じてるな。」
「それ運命じゃないじゃん。」
「そやな。
だからおっさんやねん。
別にガーっといってもうてナンパしたりあれするわけでもなくな。
あー二人のラブストーリーはこっから、
こんな赤の他人のすれ違いの状況から、
どういうふうに展開していくんやろう、とかな。
この女の乳首はどんなかんじなんやろか、とかな。
そういうのんを特に何も行動すねわけでもなく一人でいやらしく考えとるわけや。
ほとんど毎日つねに。」
「それで実際はそのラブストーリーはどうなるの。」
「たいがい、っちゅうかほとんど完全にそこで終わりやな。
何の展開もなしや。
実際はその女とはもう二度と出会うこともなく普段と大して変わらん生活を暮らしていくんや。
妄想だけが波瀾万丈のロマンスをいいかんじにしばきまわすだけや。
おっ。
妄想だけが波瀾万丈のロマンスをいいかんじにしばきまわすだけや。
なんかこのフレーズかっこええな。」
相も変わらず通り過ぎる女の顔をきょろきょろ見回しながらオレはタバコに火を点けた。
月は無関心に明るく光っていた。
冬の寒さは夜空に漆黒の彩りを加え、
月の輪郭を不思議にくっきりと際立たせていた。
「寒みーな、今日は。」
とオレ。
ポケットに手を突っ込むと必然的にくわえタバコになる。
たちのぼる煙が目やら鼻の穴やらに入るとしみて痛いのでそうすると必然的に上を向くことになる。
オレはポケットに手を突っ込んで上を向いてタバコをくわえながら、
月の手前で真白に揺れるタバコの煙を必然的なかんじで見ていた。
寒い冬の晩にはタバコの煙が濃くなる。
ゆらゆら揺れる一筋の煙はまるで空からぶら下がった糸か綿のようだった。
オレは吊られた人形みたいにさらに顔を上に向けた。
「ねえ。」
女が言った。
「んー。」
とオレ。
「今もかんじてる?」
と女。
オレはふらふら歩きをやめて女に向き直った。
「何が?」
とオレ。
「ほら、さっき言ってたじゃない。
運命。
一日に五回は感じるんでしょ。」
女はいたずらっぽくそう言って少しだけ笑った。
「ああ。それか。」
オレはにっこり笑って言った。
「はやくもさっそくオレは君に出会うために生まれてきたような気がしているよ。」
女は何かを思い出したみたいに少し驚いたような顔で小さく「あっ」と呟いてから、
そして今度ははっきり笑いながら、
「それはどうもありがとう。」
と言った。
すれ違う女に一日五回は運命の出会いを感じている。
美人と目が合ったりするともうダメだ。
あっ始まったな、と思う。
ある意味かなりやばいかんじではある。
何が始まったんじゃ、何が。
と怖いおっさんに襟首をぐいっと掴まれて首をがくがくに振られそうな、そういう雰囲気がある。
恥ずかしげもなくそういう手前勝手な妄想ばっかり抱いてる自分への罪悪感が生んだ、オレの心の中の美人の恋人ヤクザが怒っているのである。
怒ってはいるがオレは意外にたくましいとこがあって、いや、訂正。
意外にではなくてオレは見た目通りにたくましいとこがあって、実際のヤクザには300メートル先からすでに逃げ出す準備をしているくらいではあるが、自分の心の中の美人の恋人ヤクザにはかなり強気で、
「オレとやす子(美人の名前・仮)は宇宙が生まれた時から結ばれる運命だったんだ。
彼女は確かに今はまだ何も分かってないかもしれないけど、
時間が経てばちゃんと全部分かるんだ。
やす子(美人の名前・仮)にはオレしかいないんだよ。」
などとただ一人妄想の海をぐんぐんたくましく突っ走る、気持ちの悪い目がイってる普通の話が全く通用しないどっかのストーカーのようなのだ。
心の中の美人の恋人ヤクザなんか目じゃないのだ。
目じゃないから女の後をつけたりもする。
女のアパートを突き止めて喜んだりする。
ただオレの場合ストーカーとは言ってもかなり飽きっぽいストーカーなので、翌日にはもう忘れていたり、女の後をつけてるうちにすれ違った他の美人に気がいってしまって、
「ごめんな、やす子(美人の名前・仮)。
オレ、他に好きなコが出来たんだ。」
と言ってあっさりかおり(もう一人の美人の名前・仮)の後をつけることにしたり、運動が嫌いなので200メートルも後をつけると息切れがして面倒くさくなってやめたりする。
話はちょっと変わるがオレが中学生の時、夜テレビを見ていたら電話がかかってきて、受話器を取ってみると、
「もしもし、キワムクン?
あたしと付き合って。」
と突然言われたことがある。
そしてその女は(一応女の声ではあった)こっちの返事を何も聞くこともなく、自分の名前を名乗ることもなく、本当にオレが「あっ」と言うヒマもなくすぐに電話を切ってしまった。
しばらくオレはその謎の電話が気になっていたのだが、それ以降何の音沙汰もなかったのですぐに誰かのいたずらだろうと忘れてしまった。
なんだか怖い話である。
しずかに怖い話である。
普段ちょくちょく着ているジャンパーが何故かだんだん重たくなっていったことがあったが、あれくらい怖い話だ。
しかも話はそれで終わりではない。
それから2〜3週間経ってからオレは再び愕然とすることになる。
もう一度電話があったのだ。
「もしもし、キワムクン?
ごめんなさい、あたし他に好きな人が出来たの。
あたしたち別れましょ。
ガチャリ。ツー、ツー、ツー、ツー、、、。」
という電話が。
おまえ誰だ。
その時オレはもうすっかり謎の電話のことは忘れてしまっていたので、しばらくの間全く訳が分からず一人立ちすくんでいた。
いやいや参った。
あんたの勝ち。
しかしすごい女がいたものだ。
いや、もちろん誰かのいたずらの可能性はある。
しかしもしあれがオレの友達の誰かのいたずらだったとしても、この話の凄さはいささかも傷つかないだろう。
そのオチの抜群のセンスといい、結局最後までタネ明かしをしなかった潔さといい、その犯人に座布団を10枚くらいいっぺんにあげたいくらいだ。
おーい山田君、こん平師匠の座布団全部そいつにやってくれ。
さて。
オレも現役のストーカー(でも飽きっぽい)になった今となっては、実際に存在するのかどうか定かではないが、その彼女の気持ちがよく分かるのだ。
どんな独走でも独走はいかしているじゃないか。
やっぱり現代っ子に足りない部分はそういうトコだ。
人間、恋愛の狂気に蝕まれてしまったらちょっとやばいかもしれないが、なんかこう積極的に恋愛の狂気をこっちの方から蝕んでやるという勢いが欲しいのである。
そしてそれは恋愛だけでなく人生にだって当てはまることなんじゃないだろうか。
狂気によって現実を越えて、それでいて明らかな、冷めた現実の中に生きるのだ。
オレは人間の幸福はお金や、家庭環境や、見た目や、女や、
そういうもので決まるんじゃなく、本人の妄想する、想像する力で決まるんじゃないかとけっこう本気で思っている。
まあオレがストーカー(でも根気がない)というのは半分以上(たぶん)冗談ではあるのだけど、実際の話、オレは女を口説く時にだって妄想で口説いている。
オレは自分自身本気なのかギャグなのか分からないぎりぎりのとこで、今日もスタ−をやっている。
きょろきょろ女の顔を見回しながら。
君は今運命をかんじているか。
オレは一日に五回は運命をかんじている。
今日だって、
オレはみどり(仮)に出会うために生まれてきたような気がしているのだ。
2000 1/27 又吉究
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