徒然またよし日記・1月後半






なんか良くは分からないんだけど、
この日記才人というやつのランキングに参加してみました。
ランキングが上がれば上がるほどさらにお客が増えるというかんじの雰囲気です。
オレを助けると思って登録してみて下さい。
こういう地道な努力によってオレのライブは赤字から脱出できるのです。
きっと。


2001 1/19

理想的。

新しいバイトの初日、オレは朝の馬込の駅前に降り立った。
同じ電車に乗っていた人達がぞろぞろと同じ方向に向かって歩いていく。
なんだか学校に通っていた時のことを思い出しながら、オレはその人波の後ろにくっついて行った。
株式会社リコーは1万人を越える社員を抱えた大企業だ。
オレの働くことになった馬込の社屋だけでも、2000人ほどが働いているというのだから、その朝の校門の前のような人波も納得がいく。
中学生の頃のオレならほぼ間違いなく、大の大人達がそんなにたくさんもひとっところに寄り集まって仕事をしているという、ただそれだけのことで腹を立てたり、夜の校舎(社屋)窓ガラス壊して廻ったりしていたところだが、今のオレはもう大人なのでそんなむやみやたらに「集団」や「組織」を憎んだりなどはしないのであった。
オレはオノボリさんみたいに「フムフム」とか「ホーホー」とか言いながら、ただ目を丸くして人間や建物や空や風の様子を観察していた。
オレは画像システム事業本部QAセンター部品信頼性評価室信頼性評価1グループに所属することになった。
所属とは言ってもその立場は、悪の組織で言えばショッカーの戦闘員のそのまた付き人くらいの、下っ端の中の下っ端といったところだ。
仕事の内容は、開発中のコピー機やらプリンタやらを連続運転させておいて、その挙動を確認するというような仕事だった。
具体的に言うと、紙がなくなったら入れる、コピーの出来上がりがたまるとそれを取り出してきちんとコピーできているか調べる、あとからあとからたまっていくのでどんどんどんどんチェックする、その他こまごま、といったところであった。
そうしてオレが取ったデータを元に社員さんが色々と調整していくらしい。
それはかなり理想的に単純な仕事だった。
素晴らしく単純で退屈な。
オレは今日はずっとぼんやりしながら詩やメロディーを考えていた。
世の中には退屈な仕事は耐えられないという人もいるらしいが、オレは退屈な仕事が大好きだ。
どんなバイトも長く続けているとだんだん嫌になっていくものだが、しばらくはこの仕事を楽しもうと思う。
もっとたくさん詩を書こうっと。

今日考えたフレーズ(今日一日かけてようやっとひねり出した)

「話しかけてもいいかい」
なんて聞くのは変だろ
何を忘れたかったかなんて忘れてりゃいいよ


2001 1/20

これで850円なら安いな。
近所の中華屋がお昼のバイキングを3日間だけ開催するというので食いにいったのだが、これがなかなか旨い。
腹いっぱい、3000円分くらい食って家に帰ると、苦しくてすぐに横になった。
食いすぎで苦しむなんて、もしかすると久しぶりかもしれない。
うとうとしていて気がつくと5時。
そうそう今日は吉祥寺にチケットを取りに行くんだった。
家を出ると雪。
今度の雪はかなり本格的に積もりそうだ。
雪はゆっくりゆっくりその粒が確認できるようなスピードで静かに降り積もる。
風を含んで大きく膨らむ。

吉祥寺の駅の改札を抜けると知った顔。
ありゃどっかの芸能人だっけか。
古本屋で会ったような気もする。
テレビのニュースだったかな。
インテリっぽい。
目が合う。
向こうはすぐにそらす。
オレを知ってる様子がないからもしかすると有名人かもな。
テレビで見たんだ、きっと。

曼陀羅で24日のチケットを受け取る。
今回は2番目だと。
オレのリクエスト通り。
マスターに礼を言う。

ついでだったので少し吉祥寺を散歩する。
井の頭公園。
ユザワヤ。
商店街。
伊勢丹の地下に行くと魚屋が閉店間際の割引をやっている。
「3パック1000円でいいよー。」
声を枯らしているがお客さんはあまり集まってこないようだ。
見てみるとけっこういい刺身が並んでいる。
本マグロの中トロとハマチとシマアジ、それぞれ1パック880円を3パック1000円で買う。

地下鉄から出ると雪がかなり積もっている。
見慣れた街が少しずつ知らない街に変わっていく。
帰りのコンビニでビールを2本買って家に向かう。
前からあたためているフレーズが口をついて出る。
まだ曲にはなりそうもない。
雪の野郎はこのまま朝までやむつもりはなさそうだ。
明日が楽しみだ。

家に着いてテレビを見ていて不意に思い出す。
そうだ。
さっきの吉祥寺の知った顔はありゃオレの高校の時の先生じゃねーか。
ああ、そうか。
なんだ。
声かけりゃ良かった。
きっと先生喜んだろうに。
沖縄と東京は遠いもんな。

雪。


2001 1/21

オレの登録している日記才人には、日記才人ライトという機能(サービス?)があって、そのシステムを使うと自分でプチ日記才人みたいなページが作れるらしい。
これは各日記の作者が日記才人に自分の日記の更新報告をする際、その日記才人ライトの方にも更新の報告をするかどうか、確認のポッチが出る仕組みになっている。
オレは大して深く考えもせず、いつもそのポッチにチェックを入れていた。
それぞれの日記才人ライトには特徴などもあるらしく、チェックを入れる際にはちゃんとそれぞれの日記才人ライトの主旨なり説明なりを読むようにとの注意書きもあったのだが、まあ宣伝になれば何でもいいやとろくにその説明も読まずにいた。
で。
最近、その日記才人ライトのひとつにオレの日記がとても面白く紹介されていることを発見した。

ここをちょっと探してみて。


・・・・・・。


見つかった?




えーと。




・・・・。






・・・かまってあげてください。


2001 1/22

日記才人(オレも日記を登録している、日記のランキングサイト)という所は大した宣伝にはならないなーと、もうずっと前から思っていたのだが、ところがどっこいそれはただ単にオレのやり方が下手だっただけらしい。
昨日の日記を更新する際、いちおう日記才人関連の話だったので、「日記才人ネタ」というカテゴリに更新したのだが、(おそらくは)そのおかげでずいぶんアクセス数が伸びたのだ。
日記才人の中には「日記読み日記」という「トンデモ本の世界」みたいに他人の日記につっこみまくるようなジャンルが確立しているらしく(その事実はなんとなーく、そこはかとなーく前から感じてはいた)、それはこの日記界(どんな「界」やねん)ではかなり花形のジャンルとなっているらしいのだ(この事実は今日初めて知った)。
これは全ての場合に言えることだが、非難されたと言って怒る人は実はほとんどいないのだと思う。
人が怒るのはそのほとんどが自分が誰かにからかわれたと感じた時だ。
ばかにされたと感じた時なのだ。
だから当然の帰結として「日記読み日記」界ではケンカが絶えない。
他人の日記をあげつらってからかうのだから、からかわれた方が怒るのは当たり前のことと言えば言える。
オレも昔はよく 「やーい、うんこうんこ。うんこたれー。くっさー。」などと言って人をからかっては本気で殺意を抱かれたりしていたものだが、原理的にはこれと大して変わらないようなことがこの「日記読み日記」界では起こっているようだ。
なんて面白いんだろう。
他人がくだらないことで悪口を言いあっているのを見るのは、これは世界中どこに行ってもそうだと思うのだが、(良かれ悪しかれ)人の興味を引くものなのだと思う。
ということで日記才人の「日記才人ネタ」はいつもすごい盛況ぶりのようである。
オレもこのオレの日記を一気に日記才人のランキング上位に持っていく方法が見つかった。
ような気もしないような気がしないでもないが、でもやっぱ「日記読み日記」はやらない。
なんかオレの仕事じゃないもの。
しかし「日記才人ネタ」のページはワイドショー的に野次馬根性を刺激するね(今日初めて見た)。
日記読み日記の人もちゃんと分かってそうな人だけに、しかも事前に連絡を入れてからからかえば、プロレスみたいになってさらにもっと楽しめるような気がするのだが、どうだろう。
やっぱそれじゃうまくいかんかね。
あっ、でもずっと前に神田さんがやってたのはそういうかんじだったな。

というわけで今日も「日記才人ネタ」のトコに更新してみるよ。


2001 1/23

明日はライブ。
働き者のオレは明日も午前中は仕事に行くよ。
ライブに来れる人は夕方に会いましょう。

あっ。
そうそう。
オレのバイトを日本語で何と呼ぶべきなのかやっとわかったよ。
適当な言葉を探していたんだ。

オレのバイトはね、研究助手だったんだ。

「今日はずっと研究室にいた。」
なんてなんかかっこいいな。


2001 1/26

24日はライブだった。
なかなかいいライブができた。
昔からずっとオレのライブに通い続けてくれているあるお客さんが言うには、今まででベスト10に入るくらいの出来だったそうだ。
いろいろと思案しながらやっていたのだが、それがいい方に転んだらしい。
来なかった人は損したということで。
もうじきオレはエレキ化するので、一人で歌うオレを今のうちに見といた方がいいよ。

朝まで飲んでいたので翌日の仕事はかなり辛かった。
帰るなり寝てしまった。

で、今日。
例の如くいろいろと詩想を練っていた。

以下覚え書き

「なくしたと言っては泣き
手に入れたと言っては喜び
ありふれたものは軽蔑し
はかないものを慈しんだ」

「太陽の重力につかまって以来、僕等の星は同じ所をぐるぐる廻り続けている
その逃げ出そうとする力ごと同じ軌道に押し込められて」

「外に出たいと願ったことのない者にとっては、監獄だって自由だろう
限られた選択をまるで世界のように感じている」

「皆が回転木馬に乗っている
オレはさしずめ日曜の父親のように
荷物の番をしながらアイスクリームを舐めて手を振っている」

「赤の他人のような顔をした自分が過去を引きずって歩いているのを見た
止まることも曲がることもできずにただ慣性に従って歩いているのを」

「まるで空が地面に降りたがってでもいるかのように重く低く垂れ込めた空の下
銀杏の木は虚ろに揺れている」

「世の中は僕をまともに扱ってくれる
まるで僕の方こそ皆をばかにしているみたいだ」

「彼の目の焦点はいつも内側に結んでいる
まるで思い出でも眺めるみたいに」

「無我の境地って言うけどありゃあロボットとどう違うんだ」

「何も怖ろしくないなんて気が狂いそうだろう」

「どこもかしこも平和だった
人々は平和な戦いを戦っていた」

「弱気なんじゃない
そこには自意識があるだけだ」

「社会においては(つまりすべてにおいては)、人は自尊心のために生きている」

「彼等は自分の欠点を世の中の欠点のように言う
政治が良くなれば何もかもが良くなると信じている人は意外に多い」


2001 1/27

東京にこれだけの大雪が降ったのはたしか3年前以来のことだ。
あの日も同じ公園で同じ景色を見ていた。
オレはきれいに憶えている。
くっきりと。
その前はおそらく9年前のはずだ。
9年前の時は一週間近く雪が残っていた。
あの時、オレは生まれて初めて雪を見たんだ。

今日は初めて「ソリ」に乗ったよ。
このソリを買ったのは3年前だ。
あの大雪の日の2週間後に買った。
小さい子供用のソリ。
やっとこ出番がきたよ。

オレはガキの頃から雪を知っていた。
どうやって付き合ったらいいかも。
頭ではね。
でも実際にちゃんとした大雪を経験したのは3回ぽっちなんだ。
雪が降ったらやってみたいと思っていたことが山ほどある。

これから雪で湧かしたコーヒーを飲むとこだよ。
ほんじゃバイバイ。


2001 1/28

ちょっと短いエッセイを書いてみました。
感想などあれば教えてください。

スタイルについて

子供は大人の真似ばかりする。
そうやって少しずつものを覚えていく。
そして大人になって、・・・・・やはり真似ばかりしている。
スタイルを受け継いでいく中にこそ文化というものがある。

ギターを持って歌を歌うということ自体、すでに誰かの真似なのだ。
真似の中に自分の工夫を少しでも入れること、それがオリジナルなのだ。
無からオリジナルを作るなどと言うことは有り得ない。
世界には改善という名のオリジナルがあるのみなのである。

大昔の壁画には人間と動物の絵しかなかった。
「描く」という行為を受け継いでいくうち、描かれる対象としての「自然」がやっとこ現れてきたのだ。
人は決して「自然」から学んで描いたのではない。
そもそも人間は「自然」など知らなかったのだ。
小さな工夫を積み重ねていくうち、だしぬけに「自然」が現れた。
描かれる対象としての自然が現れて初めて人は「自然」を観ることができるようになったに違いない。
他のあらゆる「観念」や「概念」にしたって同じことだ。
それらすべてはスタイルの裡にしかない。
いや、それらこそスタイルそのものなのだ。

芸術的な体験というのは瞑想的である。
「体験」はスタイルではない。
人は芸術的な体験の裡に「真実」とでも呼んだ方が良さそうなもの--言語以前の強い衝撃--を受けるだろう。
その衝撃は個人の人格をも一瞬のうちに変え得るほどに強い。
それは「スタイル」などではない、個人的な--普遍的なほどにごく個人的な--体験であるから、「芸術の源初の形態に模倣など入り込む余地はない」という意見も一見尤もらしい。
が、しかし人は「それ」を何と呼び表せばよいのだろう。
「それ」とどう付き合えばよいのだろう。
「それ」をどう扱うべきなのだろう。
「感じる」のみでなく自ら積極的に「それ」と関わろうとした途端、それはスタイルとなるのだ。
「模倣」なしには、「それ」とは関われないのだ。

芸術家、とりわけ美術家などはよく「文脈」という言葉を使う。
(「仕事」という言葉もよく使う。それは職業のことでなく、行為だとか、自分なりの工夫であるとかを直接に指している)
それは絵画という仕事の性格上、否が応でも「模倣」について考えざるをえないところから来ているのだろう。
絵画には基本というものがあり、それはほとんど常に「模写」であり、「デッサン」であるからだ。
基本というものはそのジャンルが成立する上で、必ず押さえていなければならないスタイルのことである。
絵画は絵画である以上、必ず何かを「模して」描かなければならない。
抽象画はどうなるのかという意見も聞こえてきそうだが、抽象画だって絵画である以上、この定義を逃れることはできない。
抽象画は単なる色彩のパターンではないからだ。
抽象画でさえ必ず何らかの「描かれる対象」を観客に想起させる。
絵画の場合、作者は必ず何らかの対象を必要とするのだ。
そうでないのならばそれは絵画などではなく、ただの壁紙にすぎないだろう。
それはやはり対象を「模して」いるのだ。
作者はただ色彩を美しく並べたのではなく、「美しいものを模した」のだ。
絵画はとても分かりやすい形で、模倣=スタイルを意識させるようなジャンルなのだと言えるだろう。
だからこそ絵画の世界には詳細なスタイルの系譜があり、「文化」や「伝統」の正体がある種はっきりとそこに現れている。
それぞれの偉大な「ちょっとした独自の工夫」と、その経緯が、歴史が、今も整備され続けている。
美術界においてはその歴史性--スタイルの踏襲と発展--こそが芸術なのであり、その点では曖昧な感動や大衆の賛同などは何の意味も持たないのである。
そこではその仕事がどのような「文脈」で、どのような位置を占めるのかだけが重要な意味を持つ。
そこではその模倣=真似の歴史とその流れ、つまり文脈が絵画の価値を決める唯一の物差しなのである。
美術にとっては評論は非常に重要なのだ。
いやむしろだからこそ評論こそが美術なのであるとさえ言える。
価値を決めるのは「文脈」でしかない。
そしてそれは美術だけに限ったことではないのだ。

我々はいつも、何かに出会うたび、意味を探そうとする。
けれどオレは思う。
必要なのは文脈を知ることなのじゃないかと。
そういえばヴィトゲンシュタインも「意味を探すな用法を探せ」と言っていた。

真似は明らかに分かるようだと野暮ったいが、粋だって真似の中にしかない。
文化の真相というのは子供が大人のコーヒーを飲むのを見て、それを真似たいと思うような、またそのために自分も早く大人になりたいと願うような、そういう意志の中にあるような気がしてならない。
人間の内容なんて皆大して変わらない。
問われているのはいつだって突き詰めれば、内容などというありふれたものでなく、スタイルの問題なのだ。


2001 1/29

2/16のライブは昔の曲ばかりやろうかと思っている。
高校時代に歌っていたような恥ずかしい歌ばかりをたっぷり1時間ほど。
名付けて「マゾヒズムの夜」。
青臭い歌ばっかで固めてやるつもりだ。
聞いている人はそうでなくても本人は自殺したくなるような。
そういうかんじでやる。
面白そうだろ。
オレが中学の頃に作った歌なんてめったに聞けないぜ。
ちょっと実験してみたいことがあるんだ。
来れる人はおいで。


2001 1/30

ちんぽこぶし

電信柱はチンポコだ
スペースシャトルもチンポコだ
流れる雲もチンポコで
この世のすべてはチンポコだ
はーっチンポコチンポコ

ビルもタワーもチンポコだ
五重塔もチンポコだ
奈良の大仏もチンポコで
城も神社もチンポコだ
はーっチンポコチンポコ

すいきんちかもくチンポコだ
どってんめいかいチンポコだ
握るギターもチンポコで
歌うマイクもチンポコだ
はーっチンポコチンポコ

好きだったんだよ
好きだったんだよ
好きだったんだよ
好きだったんだよ

24時間チンポコだ
広がる大地もチンポコだ
宇宙にみなぎるチンポコは
生死を越えてチンポコだ
はーっチンポコチンポコ

見ているおまえらがチンポコなら
歌うオレだってチンポコさ
チンポコを飲み干しチンポコに震える
すべての人の心にチンポコ
イマジンオールザチンポコ

好きだったんだよ
好きだったんだよ
好きだったんだよ
好きだったんだよ
君のことが
ふるえるほど好きだったんだよ


2001 1/31

2/16のライブなのだが、「マゾヒズムの夜」は改める(一昨日の日記参照)。

今日一日ずっと考えていたんだ。
なぜ今さら昔の歌を歌おうとしているのかを。
なんだか自分の中に矛盾があるような気がした。
とにかく歌いたいという気持ちがあったのだが、それは良くないことだとオレの中の理屈は言っていた。
昔の歌。
今見直すと作りの甘い、稚拙な歌。
なぜわざわざ今それを歌う必要がある。
それでは単なる自己満足じゃないか。
それで全力を尽くしていると言えるのだろうか。
それで真実を歌っていると言えるのだろうか。
それではお客に対して、そして自分に対しても、失礼なのじゃないだろうか。
けれども歌いたいのだ。
それでも歌わなければならないような気がしたのだ。
いや、歌わなければならないのだ。
なぜ。
オレはすべては冗談だということにして歌おうと思った。
ある実験だと言ってごまかそうとした。
けれどもそれは適当じゃない。
この歌いたい、歌わなければならないと感じる気持ちは冗談でも実験でもない。
あの幼稚な歌を、ではなぜ歌いたいのだろう。
今日は一日、そのことばかり考えていた。
それでようやくそれがなぜなのか分かったのだ。
オレは誰に知られることもなく、東京を見ることもなく死んでいく自分の曲が、ふびんだったのだ。
あれはたぶんオレの青春だった。
オレにはあの曲達が幼かった自分そのもののような気がするんだ。
オレはあの頃のオレが好きだ。
オレはああいう人間がいたことを誰かに伝えたかったんだ。
もうどこにもいないけれど。

「マゾヒズムの夜」なんかじゃない。
お葬式みたいなものだ。
もっと先に進むために、けじめをつけたいんだ。

2/16は一日だけ16才に戻るよ。
さしずめグッバイ青春ナイトといったとこかな。







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