徒然またよし日記・1月前半
なんか良くは分からないんだけど、
この日記猿人というやつのランキングに参加してみました。
ランキングが上がれば上がるほどさらにお客が増えるというかんじの雰囲気です。
オレを助けると思って登録してみて下さい。
こういう地道な努力によってオレのライブは赤字から脱出できるのです。
きっと。
2001 1/1
あけましておめでとう。
昨日は大晦日だというのに、仕事で疲れて帰って来て、倒れ込むように寝てしまった。
カウントダウンの頃は熟睡していたので、今朝がオレの新年である。
しつこいようだがおめでとう。
この日記を読んでいるみんなにとって、今年が素晴らしい年となることを祈ります。
旧年中はありがとうございました。
今年もよろしく。
さて、初詣行ってこよっと。
2001 1/2
空気の澄んだ冬の夜が好きだ。
冬の景色を一人で眺めていると、なんだか感傷的な気分になって、思わず泣きそうになってしまう。
寒さというのは何だろう、どこかとても悲しい美しさを持っている。
今日はバイトの終わった後、銀座の街でぼんやりしていた。
歩道の脇にある、地下鉄につながる階段を囲った塀の上に腰掛けて、行き過ぎる人波や、色とりどりの電飾や、そのネオンサインの仲間みたいな顔でそっけなく空に浮かんだ半月などを目を細くして眺めていた。
ああ、オレは今東京にいる。
もう何年くらいたったのだろう。
ずいぶんいろんな所にいったし、ずいぶんいろんな物を見た。
そういえば沖縄にいた頃も同じような気分で、海岸に座って波の音を聞いていたっけ。
あの頃のオレは、いつも死ぬことばかりを考えていた。
得体の知れない苦しみを半ば故意に燃やし続けていた。
相反する観念が落ち着く場所を探して、オレの頭の中は日常的に混乱していた。
会う人にはいつもひどく退屈なふりをしていた。
バンドのメンバー達がオレをいろんなところに引っぱり出して歌わせてくれなかったら、オレはどうなっていたか分からない。
それはもしかすると不運なことだったかも知れないが、オレには才能があったから、そうして歌うことが「やりきれない予感」を少し軽くしてくれた。
そこには可能性があったから、それに賭けざるをえなかったのだ。
バンドのメンバー達は元気だろうか。
あの頃足しげくオレのライブに通ってくれたみんなはどうしているだろうか。
何の相談もせず、突然沖縄を飛び出してしまったから、当然みんな怒っただろうが、そろそろオレのことを許してくれただろうか。
CDデビューをしたり、テレビに頻繁に出演したり、東京ドームを満員にする自分を夢想する。
そう有名になれなかったとしても、いつかオレの噂を風にのせて届けたい。
オレを愛してくれた全ての人達に、オレが今も元気でやっていることを、相変わらず下手な歌を歌い続けていることを、風の噂に伝えられたらどんなにか幸せだろう。
オレはいつの間にか地下鉄に乗り込んでいた。
ガラガラに空いた車内の隅っこの席に腰掛けて、何も映らない暗い窓を見ていた。
向かい側に座った女の人が熱心に化粧を直していた。
移動しなければどこにも行けやしないという単純な事実を、どうやらオレ達はいとも簡単に失念してしまうらしい。
何年か前、初めて富士山に登った時、オレはてっぺんに着いた時のことばかり考えていた。
頂上から見える景色や、そこで歌う自分を夢想しては、登頂の決意を固くしていた。
けれども今、オレの記憶に強く残っているのは、登っている最中の出来事だ。
てっぺんに立つためには登らなければならないという当たり前のことを、オレはあまり深く考えていなかったらしい。
この世界にワープなどというものはない。
必ず地面に沿って当たり前の距離を当たり前に移動しなければならない。
本当に意味を持つのは、その歩く過程なのだ。
誰だってちょっとしたアイディアを思いつくだろうが、それを実現するためにはいろいろな技術をマスターしなければならない。
一歩一歩はいつだってかったるい徒歩なのだ。
東高円寺の駅につくとオレはなんとなく公園に向かった。
タバコを吸いながらベンチに座って、隣あった小学校のグラウンドを見ると何人かの中学生がサッカーをやっていた。
月は相変わらず世界には無関心みたいな様子で暗い空にぽつんと光っていた。
オレはなんだか急にうかうかしていられないような気分になって、ネクタイをほどくとグラウンドを8週ほど走ったのだが、すぐに息切れしてしまった。
今年はCDの一枚くらいは作れるといいのだけど。
2001 1/3
昨日の日記
昨日の日記を読み返していたのだけど、なんだかオレがへこんでるみたいな雰囲気出てるな。
別にへこんではいないのよ。
少し文学っぽくしたかっただけなの。
まあ、今年も気楽にやってくよ。
ご心配なく。
岡本太郎
今日は岡本太郎の本を読んでいた。
岡本太郎はすごくセクシーだ。
とても素敵な先輩だ。
ただもう無条件にやる。
それが芸術なんだなあと改めて思う。
情熱こそが芸術なのだ。
岡本太郎もオレと同じようなことを考えていた。
音楽で食えたらいいなとは思う。
けれど食えなくたって別にオレの仕事には何の影響もない。
それで死んでしまったってかまやしないのだ。
因果なもんだとは思うが(注)、オレも一人の芸術家なのだ。
(注)因果なもの
「ニーチェはギリシャ人がりっぱな悲劇を書いたことこそ、ギリシャ人がニヒリストでなかったはっきりとした証拠だと「悲劇の誕生」の中で言っている。
悲劇は人生肯定の最高の形式だ、と。」(小林秀雄「悲劇について」より)
いいことを言う。
運命というのは人生に「不可避」の刻印を押し続けることだ。
運命の全てを受け入れるからこそ、そこに悲劇が生じる。
それを情熱と呼ばずして何と呼ぼう。
「わかっちゃいるけどやめられない」のだ。
悲劇精神というのは自意識のことである。
自覚と言った方がよりいいかもしれない。
悲劇的人物達は皆「知っている」のだ。
そこには必然的なものを、(それがどんなに嫌悪すべきものであろうが)「無条件に」肯定する、愛する勇気があるのだ。
それこそニヒリズムの対極ではないか。
ニーチェの言う「運命愛」というのは情熱のことだ。
オレが芸術家になったのは運命だったのだと思う。
それは悲劇だ。
わざわざ観客を集めて歌を歌うなんて本当は卑しいことだ。
「自分を見つめる」のはとても辛いことだし、「自分自身と戦う(自分の中にひとりでに湧いてくる価値観を片っ端から壊していく)」ことはものすごくしんどいことだ(先月26日の日記参照のこと)。
生活も苦しい。
けれどもオレはその運命を愛している。
だからこそ、「因果なもの」なのだ。
今日の日記を読むと昨日の日記もまた違ったものに読めるかもしれない。
ヒマだったら読み直すといい。
オレは決してへこんでいる訳じゃないんだ。
あっ、あと。
昨日の日記の「得体の知れない苦しみを半ば故意に燃やし続けていた。」というのと「会う人にはいつもひどく退屈なふりをしていた。」というのと「やりきれない予感」という文句はある人のエッセイからそのままパクらせてもらいました。
すっきりとしたいい文句だったので。
どっかでその文句に出会ったら笑ってやってください。
2001 1/5
ようやくデパートのバイトが終了。
20日から1日だけ休んでずっと働きずめだったのだ。
疲れがたまっているので今日はゆっくり思う存分眠らして貰うよ。
ほんじゃ。
2001 1/6
「生きるって何?」
みたいなことを言う人がいる。
これは質問として間違っていると思う。
曖昧すぎて、何を問うているのかさっぱり分からない。
言ってる本人もきっとあまり分かっていないのだから始末が悪い。
「知」というのは「正しく問うこと」である。
答というものは正しい質問の形の中にしか存在しない。
質問する人の本当に望むものが、答なんかじゃなくて、抱擁だったり、休憩だったり、食事だったりする場合だってあるから、あまり「曖昧な質問」ばかりを責めるわけにもいかないが、「答」を求めるのなら、探すべきは「答」でなく、「正しい問いの形」なのだと思う。
いや、そもそも本当は誰も「答」なんか求めちゃいないのじゃないか。
「答」なんてものは本当は誰だって最初に直感でもって決めちゃってるんじゃないだろうか。
人が誰かから学ぶものはいつだって「文脈」だとか「スタイル」そのものじゃないか。
きっと皆が知りたいのは「答」ではなく「問いのたて方」なのだ。
本当はみんな「何が疑問なのか分からない」というのが最大の疑問なのだ。
オレには「生きるって何?」と言うのは「僕は何を疑問に思ってるんでしょう。」と言うのとあまり変わりがないように聞こえる。
そんなもんは自分で考えなさい。
正しく質問しようと心がけることだ。
「答」なんかよりそっちの方がよっぽど重要だ。
認識というのは人それぞれの疑いの形そのものなんだとオレは思う。
この世の中に疑問以外の疑問はないのだ。
2001 1/7
雪だ。
雪だ。
雪だ。
雪だ。
何メートルも何メートルも積もるといい。
東京に出てきて6度目の冬。
18歳まで、オレはずっと雪を見たことがなかったんだ。
明日は早起きをして散歩しよう。
長靴を履いて。
2001 1/8
雪を踏んだよ。
今日は自分の年表を書いていた。
いろんなことがあったっけ、と思い出しているうち、どうせだから忘れないうちにまとめておこうという気になったのだ。
まだ全然未完成だけど、見たい人は見てもいいよ。
これ。
ちなみにこれには女性や恋愛に関することは書いていません。
てれくさいから。
2001 1/9
成人式
どっかの知事が怒っている映像がニュースでやっていた。
成人式においての新成人のマナーが悪いんだと。
うーん。
学校の朝礼とかでもそうなんだが、よく怒れるなと思う。
オレはいつもライブなどでは観客を飽きさせないこととか、常に注意を引きつけることとかを考えて、色々な工夫をしている。
だがしかし観客があくびをしたり、ガヤガヤ騒いでオレの歌を聞かなかったからといって怒ったりなどしない。
きっとそれを反省材料にして、次のライブに生かすだろう。
それは観客を前にしてステージに立つ者の最低のルールなのだと思う。
「つまらなかったらヤジられたり、無視される」というのは当たり前の話だと思うのだがどうだろう。
知事は「オレはこれで金を設けるプロじゃない。オレは頼まれたから喋りに来たんだ。ガヤガヤ騒いで無視するのは失敬だ。」なんて言うかもしれないが、別に知事を呼んだのは新成人の皆さんじゃないのだ。
沖縄にいた頃、ある祭りのオープニングイベントにオレも呼ばれたことがある。
観客は別に金を払って来たわけでもなかったし、オレだってノーギャラでの出演だった。
観客は見たことも聞いたこともない、若いフォークシンガーの突然の出現に最初は違和感を持っていたが、最後には会場が水を打ったように静まりかえり、場内割れんばかりの拍手でステージを終えた。
オレを呼んでくれた主催者の皆さんもとても喜んでくれた。
何かの組織で偉くなった人というのはどうしてもどこか勘違いしてしまうもののようだ。
世の中には自分の権威が通じない場所なんていくらでもある。
とんでもない有名人でもない限り、ステージの上ではテンションの高さだけが勝負なのだ。
ステージは観客と、そして自分との戦いなのだ。
権威など関係のない裸の世界なのだ。
誰も知事の話を聞くために成人式に来るわけでもなかろうに。
そんならよっぽど腹をくくってかからなきゃ、よっぽど親切な人(か、バカ)じゃない限り、誰も知事の歌(お話)なんて聞いちゃくれんだろう。
オレなら自己嫌悪で死にそうになるね。
それを「マナーが悪い」などと怒るなんて、驚くほどの自意識のなさだ。
自分自身に問題があるとはなぜ考えないのだろう。
自意識のないところには、進歩もデリカシーも生まれない。
いかにも政治家らしいと言えばそれまでなのだが、なんかちょっと嫌なかんじだ。
2001 1/11
昨日は久しぶりに外で飲んでいた。
ここんとこ家で一人で飲んでばかりだったので、人と会話しながら飲むのがとても楽しかった。
けっこうな深酒をした。
で、今日は夕方まで寝ていた。
2001 1/12
たとえばマグロなんてのは昔は安い魚だったのだ。
稲垣足穂の「白昼見」に「〜、彼氏は誰彼に対して心置きない挨拶を交わしているし、鮪のとろを前にしてさも愉しそうに猪口をなめています。」なんていう描写が出てくるが、それは「濁り酒というものを飲んでいる人々と、背後の壁面にずらりと掛け並べられた品目の廉価に、わたしは驚きました。けれども勿論、それらのたべものや鍋類に箸をつける気持ちは起りませんでした。ところがそのうちに、何しろこの店では十銭あれば泡盛(!?)かブランかが飲めます。便利に思って通っているうちに、五銭のゴッタ煮や鯨の煮付けがなかなか美味しいのだ、ということが判ってきました。」というような「縄のれん」でのアル中に対する描写なのである。
「鮪のトロってのは昔は(あまりにも安物なので)隠れて食ってたから「トロ」と呼ぶようになったのだ。」という話を昔どっかで聞いたことがあるが(なぜ「隠れて食う」と「トロ」なのかは分からないが)、昔は、戦前までは、マグロは貧乏人の食う、安い魚だったのだ。
鯨(クジラ)もこの間まで肉の代用の安物だったし、数の子も有り余っていたし、ふぐもいわゆる大衆魚だった。
時代の変化によって価値が変わってしまった食い物というのは意外にたくさんある。
逆にバナナなんてのはついこの間まで高級品だったわけだし。
で、オレは世間に言いたい。
味を値段で決めるな。
美味しいものと言えば高価なものしか思い浮かべない、その短絡的な思考回路は何とかならんのか。
「美味しいものが食べたい」と言うから吉野屋に連れていったらフラれてしまった男がいたが(決して自分のことではない)、男よ、おまえは悪くない。
その時、女の方こそ「高価な店で高価なものが食べたい」と正直に言うべきだったのだ。
「ごちそう」が食べたいと言うべきだったのだ。
どうも「美味しいもの」というと「希少価値」みたいのが付いて回るが、「味」と「(貨幣)価値」はあまり関係がない。
「(貨幣)価値」はあくまで需要と供給のバランスによって決まるのだ。
オレはある友人に「キワムは本当に味オンチだよな。」と言われたことがあるが、しゃらくせえ。
オレは正直に食ってるだけだ。
高価なものばかりを有りがたがる奴を貧乏人というんだ。
まったくもう。
2001 1/14
昨日はラジオに出た後、酒を飲んだ。
今日はベースのヨシヤ君と練習をした。
5時間ほどやっていたのだが、なかなかいい感触だ。
なんとか形になりそうにな気がしてきた。
今年はバンドでやるよ。
エレキギター買わなきゃ。
誰か安くでエレキギター譲ってくれる人いたら連絡ください。
2001 1/15
仕事は思いがけず昼までに終わってしまった。
なんか疲労がたまってるなーと思い横になったら夜まで眠っていた。
ビッとした文章をもうここしばらく書いていない。
オレはひどい遅筆なのでエッセイになっているようなああいう文章だと、とりあえず2日くらいかかってしまう。
ばーっと書くので6時間、ほんで一晩眠って手直しに2時間くらい。
最低でもそんなもんだ。
言いたいことならたくさんあるのだけど、翌日のことを考えるとやはり多少手抜きの文章になってしまう。
まあこれは日記だからそれでもいいのだけど。
近いうちにゆっくり文章を書きたいなと思う。
今日はいいギターのリフを2つ3つ思い付いた。
オレの今まで書いた曲はフォークソングに見えて、実はロックンロールだったんだというところをそろそろはっきりさせてやるんだ。
自分のアイディアを何でも、どんなもんでも、可能な限り実現させること。
そのために努力すること。
それが自分にとっては当たり前の、大して面白くもないアイディアだったとしてもだ。
可能なことは、自分が「できる」と思ったことは、片っ端からこの世の中に、そして自分自身に証明していくこと。
そうやって仕事を残していくこと。
「自分の本当にやりたいことを探す」のは大切なことなのかもしれないが、それはいつだって後から付いてくるもんなんだと思う。
見つけてから始めるのではなく、やってるうちに答になってしまうというのがみんな本当のとこなんじゃないだろうか。
道を歩いてりゃつまらないもんなんてくさるほど見つかるだろう。
そしたら誰だって思うのだ。
「オレならもっと上手くやるのに」とか「こうすりゃもっと上手くいくのに」とか。
それが「できる」ことならやらなきゃならない。
やらなきゃならないのだよ「できる」ことなら。
思ってしまった以上、もうやるしかない。
思ってしまった以上、ヘタレになりたくなきゃ、証明する以外に道はないのだもの。
それは運命みたいなもんだ。
2001 1/18
16日はバイトで帰って来たのが11時だった。
風呂に入ったら眠くなったのですぐに寝てしまった。
17日は夕方までバイトで夜は新年会。
2次会はカラオケだった。
ほんで今日、眠たい目をこすりながら行って来ましたよ面接へ。
リコーというプリンタとかを作ってるでっかい会社。
テレビのCMとかでもよくやっているので知ってる人も多いはず。
今度登録した人材派遣会社の紹介でそこで働くことになったよ。
これで少しは生活も安定すんだろ。
現場で重たい荷物を担いだり、いらっしゃいませとニコニコ笑ってなければならなかったり、そういうバイトしかしたことないから、とても楽しみだよ。
土日祝日休みのバイトなんて初めてだ。
少し風邪気味なのだが、さっそく明日っから行ってくるよ。
ほんじゃ、おやすみ。
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