徒然またよし日記・3月前半
なんか良くは分からないんだけど、
この日記才人というやつのランキングに参加してみました。
ランキングが上がれば上がるほどさらにお客が増えるというかんじの雰囲気です。
オレを助けると思って登録してみて下さい。
こういう地道な努力によってオレのライブは赤字から脱出できるのです。
きっと。
2001 3/1
ということで、昨日からURLが変わりました。
スターキワムドットコム。
覚えやすいでしょ。
まだまだ不備がたくさんあるだろうので、不具合があった場合、掲示板にでも書きこんどいてください。
すぐに(直せるものは)直します。
今日はあいにくの雨。
春の雨は少しずつ少しずつ夏を運んでくるのよ、と昔だれかが言っていたっけ。
一雨ごとに暖かくなっていく。
桜前線は今オレの故郷のあたりを通過中だという。
今年も花見が楽しみだ。
誰かびしっと企画してオレを招待しとくれよ。
2001 3/2
まさしからCDのジャケット用のベタ焼きを受け取る。
まさしは明後日から仕事で一週間ほどハワイらしい。
ずいぶんと予定が狂ってしまった。
どうしても3月中には完成にこぎつけたいのだが、どうなることやら。
とりあえず明日レコーディングをして、音はそれで完成させる予定。
2001 3/4
マスターCD完成。
一応レコーディング終了。
昨日から今朝の6時近くまで、ずっとその仕事をしていた。
みんな絶対聞いたらびっくりするぜ。
ああ、はやく聞いてほしい。
はやく聞かせてやりたい。
2001 3/5
ちょっと酒飲んできます。
2001 3/6
うーん。
やはり70分は長いのだろうか。
でもなあ。
いや、関係者と話し合ったのだが、70分は長いという。
今回のCDのことだ。
70分くらい聞けるよな。
子供じゃないんだから。
例えば映画とかでも4時間の大作とかは見れないという人がいることはオレだって知っている。
まったく困ったやつらだ。
しかしたしかに聞く人に「一人で」「ちゃんと聞く」ことを強要してるんだよなあ、オレの歌って。
疲れるかな?
70分、16曲入りだと。
2001 3/7
「なんちゃって」という言葉を「知った」のはたしか12歳の時だ。
とても感動したのを憶えている。
(それを教えてくれたのはひっちゃんという友人で、その時の話もけっこう面白いのだが、それはまた後日)
オレは感動のあまりみんなに教えて廻った。
そこには秘密が、答があると思ったから。
「なんちゃって」があれば生きていけるかもしれないと思ったのだ。
本当に真面目に虚しくならなくても、本当にギャグを生きなくとも、自分のこの人生をギャグに似せたいという「意志」だけを伝えられるかもしれないと思ったのだ。
この世にやさしさや愛が有り得るとしたら、それは「なんちゃって」の中にだけ奇跡のように有り得るものだと思ったのだ。
即身成仏なんかしなくても、ただ一言「なんちゃって」と言えばいい。
偉そうに自分の「考え」を言う人は(オレも含めて)多いが、たいがいの場合みんなそれは「わかる、わかるよ」と言って抱き合いたいから、なんでもいいからとにかく共有したいから言うのではないだろうか。
時には意固地になってしまうこともあるけれど。
議論が長引くとケンカになってしまいがちなのは、人が議論なんて本当は大して求めていない証拠なのだと思う。
本当に「考え」を何よりも大切にするとしたら、それは精神の異常じゃないか。
愛を知らない心のかなしい姿じゃないか。
みんな本当はただ抱き合いたいだけなのだとオレは思う。
だからこそ、不器用にも上手くいかない時には「なんちゃって」と言えばいい。
それは愛だ。
虚無でさえ、愛嬌にはかなわない。
「なんちゃって」とは素晴らしい言葉だと思う。
「なんちゃって」と言われれば許してやらないわけにはいかない。
あの、自意識の持つ罪悪感や卑屈さも、「なんちゃって」があればチャーミングにさえ見える。
自分を許してやれる。
「生まれてきてすいません」というよりも、「生まれてきて超すいません」というかんじ。
2001 3/8
歌詞カード用の歌詞をせっせと書く。
ああ大変。
大サービスで曲順だけ今教えたげる。
1, 強風ダンディ
2, 春を待つ
3, 手ぶらの二人
4, レイニーフルチンホームシックブルース
5, 卓球
6, タピオカ
7, 二人で逃げるのさ
8, 無神経の明るく似合う朝
9, 慰安婦
10, スプリングフルチンホームシックブルース
11, 海を見に行った
12, 多数決
13, ニヒル越え
14, ボケ頼み
15, 添い寝
16, なあおっさん
の全16曲。
プレス終わって売り出せるのは4月に入ってからになりそうだ。
ああ、そうそう。
アルバムのタイトルも決まったよ。
「ハロー印」。
又吉究ファーストアルバム、ハロー印。
2001 3/9
どうも花粉症らしい。
人に言ったら「似合わない」と笑われた。
似合おうが似合うまいが人が苦しんでいるのに笑うことはないじゃないか。
まだ、涙と鼻水でぐちょぐちょというほどひどくはないが、花粉症というものは一度発症するとあとは年々ひどくなる一方だと言うから、これはもう不治の病と言ってもいいくらいのものなのだ。
みんなもっとオレに気を使うべきである。
世の中では例えば受験生の前で「すべる」とか「おちる」という言葉を使わないようにする、といった類のデリカシーはあるくせに、これからの長い人生を花粉症を付き合い続けていくことを思って憂鬱になっている若い青年に対して、「又吉君ってマスクしてると犯罪者みたいだね。気味が悪いね。」とか「又吉君のくしゃみものすごくうるさい。もうちょっとしずかにしてくれないか。」とか「又吉君のギャグセンスってはっきり言ってオヤジだよね。花粉症になったのもつまらないバチがあたったのかもね。」とか言ったりするのはまるで平気だという、どうも理屈にあわないおかしな行動をとる人がたくさんいるようだ。
シャランラッ! !
あっ、違った。
シャラップ! !
だいたいね、みんなどうもオレを勘違いしているね。
純粋、無垢、繊細などの要素を3日間煮込んで、型に流し込み、病弱、胃弱、不器用、生真面目などをトッピングして出来上がったのがオレよ。
肌とかも本当は(心の中の肌は)かなり青白いのよ、ああ、最後の枯れ葉が散ってしまう、みたいな。
それをなんだいっ。
やれ建築現場が似合うとか、やれ剛毛だとか、やれ声がでかいとか、おっさんだとか、無頓着とか、言いたい放題言いやがって。
オレなんかデリカシーのかたまりじゃない。
高倉健じゃない。
それがなんでわかんないかなあ。
あのね、たしかにオレはワイルドなところがあるけど(さりげなく自慢している)、そんなみなさんにはこの言葉を贈りたい。
「野生動物は都会では生きられない。」
どうだ、わかったか。
オレはたくましく、力強く、かつ繊細で、気高く、優しさに満ち溢れた野性のシマウマだ。
そういうところがこの花粉症にも現れている。
みなさんにはそこんとこをよくよく承知してもらって、ぜひライブに来てもらいたい。
2001 3/10
いやー。
しかしいいね。
しつこいようだけどいいね。
オレの歌。
最近ずっとサンプル版の自分のCDばかり聞いている。
とてもいい。
しみじみといい。
泣きそうなくらいやさしい。
せつなくて、あたたかい。
いい声だよなーこの人。
って自分の声なんだけど。
2001 3/11
ボケ頼み
ギャグに似てる秘密はいつも やけくそのパンチ キック そうさ鼻の穴ひろげ
嘘っぽいことも嘘っぽいままで まるでスポ魂みたいに燃えまくれるボケ頼み
本気すぎて嘘くさい
やりすぎれば嘘じゃない
追い抜かして意味がない
通り過ぎたらボケみたい
にらめっこみたいに真面目な顔で ここに立っているんだぜ もう最後のボケ頼み
意外と名曲なんだよな、この歌。
あっ。
オレの歌なんだけどさ。
いいでしょ。
ボケ頼み。
・・・・・・。
ラブアンドピース。
2001 3/12
人生は歌さ
この世のなにもかもが歌だ
何も考えちゃいけないよ
ノリが悪くなるからね
運命に身をまかせよう
必然は美しい
たとえもしも最後に待っているのが
救いようのない滅びだったとしても
そんなことはどうでもいいこと
とにかく今をスウィングすることだけを心がけるんだ
メロディーを味わって
リズムにのって
伴奏と合わせて
こころをこめて歌おう
我を忘れて
忘れっぱなしで
「もっともっといのちを爆発させたいね。
人間を越えるくらい。
人間に未練はないから、パワーみなぎるモンスターになりたい。
生命力の爆発、もっとこう全身で没頭するかんじ。
集中して。
我を忘れて、忘れっぱなしで。」(又吉氏談)
2001 3/13
愛とか平和だとかというのは尊ぶべきものかもしれないが、頼るべきものでは決してないと思う。
愛に頼ってはいけないし、平和をあてにしてはいけない。
そんなことは弱い者のやることだと思う。
ちょっとした哺乳動物にはみんな子離れの儀式というものがある。
生まれたばかりの個体は、乳をやって保護してやらなければならないが、だからと言っていつまでも保護していては次の繁殖行動に移れない。
ある程度子供が成長した時点で、親は子離れの儀式をやり、それからは完全な他人のようになる。
そこで子供は独立し、厳しい自然界で一人生きていくことを学ぶ。
今日、ふと思ったのだが、あれ、人間で言ったら6〜7歳くらいなんじゃないか。
世の中では子供は愛を持って育てるべきだと言っているが、人間も動物として見た場合、7歳過ぎればもうあとは他人のようになってさようならというのが正しい姿なのかもしれない。
いや、7歳というのはオレの勝手な憶測だし、第一動物と人間では少し話が違うことだってオレも重々承知している。
けれども人間が愛などと言って尊重しているものが、もしかすると時に個人の生命力を弱めることがあるということも、また事実だと思う。
実際パワフルな人間、生命力に溢れた人間というのは、やっぱり幼少期にあまり愛されて育てられていないような印象をおぼえる。
ジェームスブラウンは幼少期に皆に愛されて素直にすくすくと育っただろうか。
マドンナは?
オーティスは?
ジャニスは?
ジミヘンは?
アントニオ猪木は?
岡本太郎は?
オレは彼等の幼少期をそんなに詳しくは知らないが、皆人生の早い段階である種の「子離れの儀式」を体験しているみたいだ。
オレは自分で言うのもなんだけど、皆に愛されてすくすくと素直に育った。
ものすごく愛くるしい子供だったから、初対面でもほめられたり、可愛がられたりするのが当たり前だった。
一応母子家庭ではあったが、そんなことに不便を感じたことだってひとつもなかった。
もちろん子供心につらいこともいろいろあったが、基本的に人の悪意というものに触れたことなどなかったし、何か困ったことがあってもオレが笑えばとにかくみんな笑ってくれた。
何てったってオレは可愛い子供だったのだ(一応、ここらへんでつっこみ希望。一応。)。
18になって、オレが旅に出たのは自分の弱さを克服するためでもあった。
自分の中の「甘え」をなんとかやっつけたかったのだ。
愛や平和は甘えや怠惰と密接につながっている。
それは寛容ということなのだと思うのだが、やっぱ他人の寛容をあてにしてちゃいかんよなと思うのだ。
愛されたいとさえ、思ってちゃいかんと思う。
親切にすることと、やさしくすることは違う。
オレは強くなりたい。
もっともっと。
神仏を、愛を、平和を敬い、されど頼まず、独立していたい。
2001 3/14
オールユーニードイズプリティー
ほら笑ってごまかそう
かわいくきめよう
すぐに深刻になるのが君の悪いクセ
ほら笑ってごまかそう
かわいくきめよう
オチなんて簡単につくものさ
ほら笑ってごまかそう
かわいくきめよう
ポケットの中にはキャンディーを忘れずに
オールユーニードイズプリティー
オールユーニードイズプリティー
本当に必要なのはキャンディーと笑顔
オールユーニードイズプリティー
オールユーニードイズプリティー
いつだって必要なのはキャンディーと笑顔
笑ってごまかそう
不安も恐怖も
笑ってごまかそう
みすぼらしい自分も
笑ってごまかそう
ひらぺったい罪悪感も
笑ってごまかそう
そしてついでに
愛と理想も
オールユーニードイズプリティー
オールユーニードイズプリティー
本当に必要なのはキャンディーと笑顔
オールユーニードイズプリティー
オールユーニードイズプリティー
いつだって必要なのはキャンディーと笑顔
ほらごらん
サルトルマルクスならべても
かわいいものにはかなわない
あきらめるまえにあきれられていよう
まずは信頼することから始めよう
いつだってどこだって笑ったところがラストシーンさ
ぐずぐずしてないで次にいこう
ほら笑ってごまかそう
かわいくきめよう
ポケットの中にはキャンディーを忘れずに
オールユーニードイズプリティー
オールユーニードイズプリティー
本当に必要なのはキャンディーと笑顔
オールユーニードイズプリティー
オールユーニードイズプリティー
いつだって必要なのはキャンディーと笑顔
オールユーニードイズプリティー
オールユーニードイズプリティー
そこにプリティーはあるのかい
オールユーニードイズプリティー
オールユーニードイズプリティー
それはとても簡単なこと
2001 3/15
今日は暖かかった。
確定申告してきた。
眠い一日だった。
もう寝よっと。
眠くなってくるといよいよ春というかんじがする。
過去の日記
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