徒然またよし日記・4月後半
なんか良くは分からないんだけど、
この日記才人というやつのランキングに参加してみました。
ランキングが上がれば上がるほどさらにお客が増えるというかんじの雰囲気です。
オレを助けると思って登録してみて下さい。
こういう地道な努力によってオレのライブは赤字から脱出できるのです。
きっと。
2001 4/17
15世紀中頃、グーテンベルクの活版印刷の発明以来、活字文化はどんどん発達していった。
人類が活版印刷という情報保存技術により得た恩恵は計り知れない。
インターネットによるコンピュータの連絡技術は活版印刷以来の大発明だと思う。
これが「文化」に与える影響は極めて大きいだろう。
人類が新たな局面にさしかかっている、と言っても大げさではないのではなかろうか。
最近アメリカでナップなんとかみたいな名前の音楽配信サイトが著作権関係の裁判で負けたという。
上告したらしいが敗色濃厚といことだ。
その音楽配信サイトは、ネット版のCDレンタル屋みたいなもんで、理屈としては結局個人同士のネットを介した音楽情報の貸し借り仲介業みたいなもんらしい。
そもそも個人が買ったCDをカセットに録音して友達にタダで貸せるのはオッケーなのに、それが例えばMP3でのダビングであり、一度に多数の友人に貸せるのは違法というのはおかしい。
そもそも自分で買ったCDを自分の営業するバーでバックミュージックとして流すのは適法で、ホームページで流すのは違法というのはおかしい。
この裁判の行方はそのサイト側の負けで終わりそうだが、まあいずれ消費者は企業を出し抜くもっと上手い手を考えるだろう。
いずれ芸術家は作品によってリスペクトを買うことはできても、大金を得ることは難しい世の中になるだろう。
ま、これは誰もが言ってることだけど。
で。
オレは思ったのだが、音楽にも図書館があっていいんじゃないか。
活字の世界では図書館というものがあって情報の保存にぬかりがない。
それがひいては文化の多様性、柔軟性の保持にも役立っている。
資本主義の世界で市場の論理にまかせていると、下手をすると本屋にあるのは雑誌とミステリだけになってしまう可能性だってある。
当然、アカデミズムの世界では論文等の情報の保管は徹底(サイエンスもネイチャーもかっこいい)している。
しかし市場としては小さいだろうが、辞典や図鑑、また一部のカルトな小説や評論やノンフィクション等々も後の世代のため、人類の文化の発展のため、出来る限り保存しておくべきだ。
大宅壮一文庫(知らない人は近くの出版業界人に聞いてください。誰でも知ってます。もしも大宅壮一文庫がどこかのテロリストに爆破されたら間違いなく日本の出版文化は大打撃を受けるでしょう。「雑誌」も本来なら税金を使ってでも保管すべき情報だと思います。日本で最も貴重な図書館のひとつだと思います。)のように民間で雑誌の図書館を作っているところだってある。
活字の世界では皆が図書館(ライブラリと言った方がしっくりくるかも)の重要性を認識しているし、多様性を保つための意識を少なからず持っている。
でも音楽にはライブラリの思想が業界にないのだ。
もちろんCDを置いている図書館もある。
しかし業界としては音楽はひとつの文化というよりも、大勢としてはただの商業的な意味あいでの「製品」だと考えているふしがある。
活字業界では評論家が誰かの小説の一部を引用したって文句は出ないのに、音楽業界ではラップを訴えたりしている。
どうも「音の情報」というのは「活字の情報」より軽視されているようだ。
近年の技術の革新により今よりもっと身近に、誰もが映像や音楽を加工したり、制作したりすることが可能な世の中ががやってくるだろうことは誰もが想像しているだろう。
文学の世界では明治の昔から純文学は食えないと言われ続けながら、ちゃんとしたリスペクトを今にいたるまで受け続けている。
インターネットによって音楽のライブラリができれば、音楽も文学と同じように、当たり前の単なる情報として、流通の形式よりも中身の問題として受け取られる日がきっとくるに違いない。
純音楽はすぐ絶版になっちゃうような状況が一刻も早くなくなることを祈る。
オレは音楽は製品としてよりも「作品」として接していたい。
2001 4/18
医者に行ってきた。
血液検査の結果は異常ないそうだ。
良かった。
なんか風邪っぽいんだが、きっとただの風邪なんだろう。
2001 4/19
何を学んでも、そこから自分を知るのでなければ何も学んだことにはならない。
自分を省みる能力をこそ、知性と呼ぶべきだと思う。
恥をかくのはいいことだ。
恥を知る人はそこから学ぶことができる。
知性とは本来卑屈なものなのである。
何かを学ぶたび、自分が恥ずかしくなる、というのはすてきなことだ。
2001 4/20
昔、ローマにある一人の哲学者がいた。
彼は奴隷だった。
奴隷だが哲学者だった。
彼は後に多くの弟子を持ち、多くの人の尊敬を集めるのだが、それはまた後の話。
彼の名はエピクテートスと言う。
ある日まだ彼が奴隷だった頃、突然彼の主人が彼の足をねじ曲げた。
彼はしずかにこう言った。
「そんなことをするとこの足は折れますよ。」
しかし主人はそんなことはおかまいなしにさらに彼の足をねじ曲げ続けた。
そしてしまいに彼の足を折ってしまった。
すると彼は前と少しも変わらないしずかな調子で、
「ほらごらんなさい。折れたでしょう。私がそう言ったじゃありませんか。」
と言った。
彼はいろいろと有名な格言を残したが、その中に「アンネクー・カイアペクー(避けろ、耐えろ)」という言葉がある。
人間は自分の力で避けることのできない運命的な苦痛は勇気を持って耐えるべきであり、自ら招くような不幸は自分の意志でもって避けるべきだ、というような意味である。
オレの生まれ故郷である沖縄という小さな島が、歴史の中で強国に翻弄されながら得た知恵のひとつは、ただひたすら耐えるということだった。
オレは正直に白状してしまうが、オレも含めて南島生まれの人間は皆腰抜けである。
少なくとも血の気の多いどこかの連中から見たら、罵倒されてもしょうがないくらいに。
もしもう少し誇りというものがあれば、沖縄も、例えばアイルランドのように、ずっと侵略者と、薩摩やアメリカや日本と争い続けただろう。
自らの誇りのため、独立を守るため、命をかけて戦っただろう。
しかし沖縄は戦わなかった。
沖縄の人間は向巴志によって島が統一されて以来、戦争を知らなかったのだ。
薩摩の侵略に対しても士族達による散発的な抵抗はあったが、比較的簡単に降参してしまった。
そしてそれ以来、侵略者に対して団結して戦ったことは今にいたるまで一度もない。
南島に生まれた者は団結を知らず、ゆえに誇りの意味も知らず、ただ耐えるのだ。
沖縄のことわざに「命どぅ宝」という言葉があって、これはテレビなどでけっこう有名な言葉になってしまったが、かなり過激な言葉である。
これは「ピストルをつきつけられて靴を舐めろと言われたら相手の靴を舐めましょう」という意味なのだ。
命のためならプライドなんていくらでも捨てましょうという意味なのだ。
祖国の誇りのために命をかけて戦うどこかの民族とはえらい違いなのである。
どちらが正しくて、どちらが悪いという訳でもないが、エピクテートスなら沖縄の選択を賢明だと言ったに違いない。
誇りなどという曖昧なもののために命という現実のものを賭けることはないのだ。
人間は自分の力で避けることのできない運命的な苦痛は勇気を持って耐えるべきである。
オレのある友人は昔からずっと「オレは映画監督になる。」と言っている。
会うたびにうるさいくらいに「すごい映像のアイディアが浮かんだ。」などと言って楽しそうに夢を語る。
彼の努力は涙ぐましいほどだ。
器材を揃える金を作るためだと言って、毎日12時間ほども働いている。
ある時はコンピューターを買ったら撮るんだと言って働いていたし、またある時はアトリエ用に部屋をもう一部屋借りるんだと言って働いていた。
しかし、彼はもうかれこれ10年以上、ただのひとつも自分の作品を撮ってはいない。
彼は「作品を作るための最低限の環境を整えるため」に、努力に努力を重ねているが、おそらく一生「最低限の環境」を整えることが出来ないだろうし、よって自分の作品を撮ることもないだろう。
自分の置かれた環境に文句をつけるのはあまりみっともいいものではない。
そんなものに文句をつけても全く何も始まらない。
政治に文句を言うよりは、その自分の置かれた社会の中で、自分のやれることに全力を尽くすべきだ。
大学に行きたいのなら勉強すればいいのであって、大学受験廃止運動なんてやる奴がいたらアホである。
力と金とヒマが有り余っているのなら社会運動をやるのもまあいいが、そんなもんはただの道楽だと自ら心得ることだ。
現実は単なる耐えるべき条件なのだ。
人はこれと決めた道をただ黙々と歩くべきだ。
それが坂道でも、第一義は自分が先に進むことなのであり、決して道をならして平らにすることではない。
自分のピストルで自分の足を撃つようなドジは踏まないように、自分のクソにおぼれるような無知はなるべく避けるようにアンテナを張って、自分の道を、自分のために、自分の足で歩くべきだ。
運命を受け入れるのは自由の放棄ではない。
運命を受け入れるのは責任の放棄ではない。
運命を受け入れるのは向上心の放棄ではない。
運命を受け入れるのは人間の自由への強い意志である。
運命論者はニヒリストではないし、かといってロマンチストでもない。
運命論者は人間のあるがままの姿を求めるという意味において、生命力あふれる真のヒューマニストなのだ。
アンネクー・カイアペクー
避けろ、耐えろ。
2001 4/21
スタジオで練習。
なんとか来週に間に合いそうだ。
少しは息が合うようになってきた。
ベースのヨシヤはリズム感というものがちと少ないので、厳しいものがあるが、なんとか。
27日までにはCDも出来上がるかもしれない。
お友達をお誘いあわせの上ぜひライブにおいで。
まだオレのエレキバージョンは荒削りだが、なんか可能性をびんびん感じるぜ。
明日は三上寛さんと飲み会。
2001 4/23
昨日は素晴らしい一日だった。
酔っ払って電車の中で寝てしまい聞いたこともない街に着いていたり、友人に電話をかけてくだをまいたり、道路の脇の植え込みでゲロをはいてそのまま眠ってしまったり、部屋に戻って大ボリュームでCDを聞いて大家さんに怒られたりした。
なんだろう。
世界が違って見えるよ。
何故か知らないが、オレは浮かれているらしい。
今日は一日歌を作って暮らした。
今、ワルツに挑戦している。
2001 4/24
とても懐かしい友人が沖縄から訊ねて来た。
一緒に酒を飲んでいる。
たぶん6年ぶりくらいだ。
明日のバイトが少し心配だが、今日は朝までゆっくり飲もうな、友よ。
話したいことがたくさんある。
2001 4/24
沖縄には線路がない。
だからもちろん電車もない。
電車というものは電気で走る汽車のことだとは知っていたが、皆がどういうふうに利用するのか、切符はどうするのか、オレは何にも知らなかった。
今ではいっぱしの電車乗りとなり、定期券をびしばし使いこなしたり、満員電車で上手く人ごみを掻き分け、美人の隣りに立ったりしているが。
しかし切符の買い方や、路線図の見方などは来てすぐに憶えたのだが、電車に乗る時のマナーというものを憶えるのは苦労した。
最初の頃、オレは思いっきり無邪気な顔で足を投げ出して座っていたし、大声で喋っていたし、山手線で駅弁を食ったりしていた。
田舎者には都会の複雑なルールはとても難しい。
よく「世界の車窓から」みたいな番組とかで、外国の田舎の列車で、車内で七輪を使ってご飯を煮炊きしている乗客や、網棚で眠っている乗客が映っているが、オレは今でもあれくらいの方が気楽でいいなあと思っている。
ただ、電車関係で有りがたかったのは、あのアナウンスや、マナーポスターだ。
電車が入る時は白線の内側に下がって待つとか、混んだ車内では新聞を広げて読んではいけないとか、駆け込み乗車は危険だとか、携帯電話(持ってないけど)の電源は切っておくとか、エスカレーターでは急ぐ人のために右側を空けておくとか、いちいち注意してくれるので、都会の怖いおばさんやおじさんの冷たい視線をあまり浴びずにすんだ。
東京でもっと困ったのは社会生活のルールだ。
バイト先の上司が酒をついでやると言うからありがとうと言ったら、後で別の上司に「ああいう時はいったん断るのがあたりまえだばか」と怒られたり、「返杯をしろこのアホ」と怒られたり、鼻くそをほじりながら歩いていたら汚いと罵られたり、お寺で眠っていたら警察を呼ばれたり、女の娘と歩いていて、ちょっと休もうかと言われたのでそのまま路肩に腰掛けたら、「喫茶店に入ろうよ」とものすごく冷たい視線を返された挙句もう二度と会ってもらえなかったり、近所の商店街だったので、一夏の間、出かける時はランニングシャツと短パンと草履で歩いていたら、何時の間にか「ステテコマン」みたいなかんじで物凄い有名人になっていたり。
田舎ではそういうことみんな気にしないってば。
オレは自分のことを物凄いデリケートな人間だと思っているのだが、今でも、何か事のあるごとに、都会人に「無神経な奴」と思われているようで、ちょっとかなしい。
しかしもっとかなしいのは、時にマナーを守らない人を「無神経な奴」と思っている自分自身を発見する時だ。
都会で暮らすうち、その複雑なしゃらくさいルールに慣れてしまうのはしょうがないことだし、必要なことだが、他人に対してはずっといつまでもおおらかな、沖縄の空のように広く優しい気持ちを持っていたいと思う。
2001 4/26
ようやくCDが出来上がった。
明日のライブに持っていくので、欲しい人はぜひ明日買ってくれ。
ネット販売は準備が整い次第やるつもりだ。
おそらく5月の中旬くらいになると思う。
一曲くらいネットで無料配信できるようにしなければならないし、口座も作んなきゃならないし、いろいろと片づけなきゃなんない条件もあるので、明日のライブに来られないがCDが欲しいという人は、もうちょっと待っといてくれ。
あと、明後日の28日から5月6日まで、この日記は休むことになるので、毎日読んでいくれているあなたには、誤らなきゃなんない。
ごめんね。
バイトが休みになるので、昔の友人達にCDを売りつけに、ちょっくら関西まで行ってくるよ。
帰ったらまたばしばし日記を書くので、読みに来ておくれな。
ほんじゃ。
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