徒然またよし日記・5月前半






なんか良くは分からないんだけど、
この日記才人というやつのランキングに参加してみました。
ランキングが上がれば上がるほどさらにお客が増えるというかんじの雰囲気です。
オレを助けると思って登録してみて下さい。
こういう地道な努力によってオレのライブは赤字から脱出できるのです。
きっと。


2001 5/6

今日神戸から帰って来た。
もの凄い帰省ラッシュで、指定席が取れず、新神戸から名古屋まではずっと立ちっぱなしだった。
名古屋からは運良く座ることができたので、そんなに疲労はないが、いつもテレビのニュースで帰省ラッシュの様子を見るにつけ、「けっ、あほと違うか。なんでみんなが休みの時にこんな混雑の中旅行とか行くねん。あほや。あほ。そういう時は家でごろごろしとったらええんや。そんなんただのあほや。」と言っていた自分を思い出し、苦笑した。
こういうことだったのね。
ごめんなさい。
反省しました。

結局、今回は28日から2日まで大阪に滞在して、2日から今日まで神戸にいた。

細かい話はまた今度。
たぶん明日。
約束はできないけど。

今日はこれから少し人と会うのだ。


2001 5/7

SUNSONSというバンドでボーカルをやっていた、上甲テツヤという男がいるのだが、今回、神戸ではそいつの家に居候していた。
SUNSONSはけっこう有名なバンドで、東京にもツアーで何度か来ていたのだが、去年解散している。
上甲は新しいバンドを立ち上げようといろいろ努力しているが、まだまだ時間がかかりそうだと言っていた。
今回の滞在では、上甲がオレのために発電器やらスピーカーやらいろいろと用意してくれ、CDの宣伝のため、オレに三宮の東急ハンズの前で路上ライブをセッティングしてくれた。
CDはあまり売れなかったが、とても楽しいライブだった。

ラフハウスという神戸のバーでは、とても美味しいお酒を飲めたし、前カシュカシュというバー(来月あたり東門のとこにまたニューカシュカシュを開くらしい)をやっていた半ちゃんは突然やってきたオレを一泊させてくれた。
どちらの店でもバシバシオレのCDをかけて宣伝してくれると言っていたし、なんだか人情にふれる良い旅となった。

もっこすのラーメンも食ったし、赤まんの餃子も食ったし、づぼらやのフグも食ったし、イカ焼きもうどんも明石焼きも食ったし、今回の旅に思い残すことは何にもない。

しかし、今日はなんだか朝からだるくて、バイトを休んだ。
ださいオレ。
ばしっとバカンスを楽しんだのだから、きちっと仕事しなけりゃな。
反省。


2001 5/9

ずっとMP3を載せようと奮闘している。
ここに試しにリンクしてみるので、誰かちゃんと聞けたかどうか教えてくさい。
強風ダンディという歌です。
もしかしたらダウンロード10分くらいかかるかも。

これです。

どう?
これでダウンロードできた?
掲示板にでも書き込んどいてくれると嬉しい。
あっ、ちなみにこれが歌詞ね。

昨日はちょっと打ち合わせを兼ねて酒を飲んでいた。


2001 5/10

まのしにきもれ。
しにすまきせってば、ちまはのかひを、まいなてせもてけ。
せらていまはれきくしなにきり、のなかのまくきはいよゆよあれとて、地位来由仲居セ氏。
背ラスきりの町井すら四名懲りむ、背ランクリの地位すけ。
うに絵の畏怖せくも知れこみねそらん。
らにクスか取りのまし巣瀬忘れ。
いす背ちんけ世故らにも、線せりで、いら手活け手入れ彼等酔えう。
会うゆえせよらあこせ、酸い手人ラ模し取りは、野間と知る。
会うに厭離九個のけれと、地尻の木これすらマン。
湯吸いから阿多売れコンマ刷れば、利と乗れて、桁忌む酸いんラせく子は。
魅し好きかの間、得れラスや怜悧期す。
地理らい規定のまれ、セ得れ庵泣け背ラスかな。
暮れリコの彼と、いりのく切ると、しくすれと、酸いんかれ。

好きだったんだよ。
好きだったんだよ。
君が好きだったんだよ。

気がつくといつも、君をさがしている。
僕は気がつくといつも、君をさがしている。

ああ。
好きだったんだよ。
ああ。
好きだったんだよ。
今でも。
君をさがしてるんだよ。

位置す茎。
これリラ異にとれ千代枝を、置きひれ離島に、低地に、阿多うに気と橋のいて、巣湯ン世手植えにくいとす、濃入れ日着せ洗う。
おなく子和らに他穂へ怖。
アホ和ゆえ奴婢際利す日小町と素さこて、地入りの昼知に会うえほたあ。
低地のヒス区、足り異化に怖いばかり。

ああ。
好きだったんだよ。
ああ。
好きだったんだよ。
今でも。
君をさがしてるんだよ。


2001 5/12

4/17の日記に「そもそも自分で買ったCDを自分の営業するバーでバックミュージックとして流すのは適法で、ホームページで流すのは違法というのはおかしい。」と書いたが、買ったCDを自営業の店で流すには本当はジャスラック(日本音楽著作権協会)に著作権料を払わなくてはならないらしい。
本当は楽器を置いているだけでも、法律的には著作権料を支払う義務があるそうだ。
沖縄の兄貴からメールで指摘された。
そしてジャスラックの問題点を教えてくれた。

出版物の場合。
例えば作家又吉究が1000円の本を出して、それが1万部売れたとする。
1000円のうち又吉究の著作権は10円だとすると単純に又吉究には10万円の著作権料が支払われる。
本を買った人は、又吉究に10円支払うことになる。
と分かりやすい話なのだそうだ。
しかし、音楽の場合こうはいかないという。
音楽の流通経路はCDだけじゃないからだ。
ラジオやテレビ局、イベント、ライブ、喫茶店などの店舗、カラオケ、インターネット、映画での挿入曲、出版物での歌詞掲載や楽譜掲載、ありとあらゆるところに音楽に関する著作権は存在し、おおよそ100%の著作権料回収が非常に困難になってくる。
で、ジャスラックが出てきて集金してまわる訳だが、このただでさえ複雑な流通経路のせいで、いったい何の曲が何回カラオケで歌われたか…とかテレビで流れたか…という部分まで把握できなくなっている。
そのためジャスラックの場合、集めたお金の配分はCDの売り上げとか何とかのパーセンテージ配分によって決定されてしまうらしい。
すると。
君が又吉究のCDを買ったとする。
その内著作権料が10円だったとする。
君はリスペクトを伴い又吉究に10円支払いたいが、実際にはCD売り上げ枚数や何やらのパーセンテージ配分により、10円のうち1円は浜崎あゆみに行き、1円は宇多田ヒカルに行き…と分配され、又吉究には0.002円くらいしか著作権料がいかなかったりするらしい。
パーセンテージ算出の方法やその妥当性に関して、ガンガン議論されてもよさそうな話だが、あまり話題になっていない。
そもそもジャスラックはその情報を公開しているのだろうか。
誰かヒマな人いたら調べてみても面白いかも。
しかし、ジャスラックの著作権管理はメジャーなアーティストから見ると、おいしい仕組みだが、マイナーなアーティストにはひどく乱暴なやりかただなあと思う。
海外の場合、例えばアメリカとかは著作権協会も複数あり、アーティストが自分の納得出来る著作権協会を選択することも可能らしいのだが、日本の場合は一つなのでそれもない。
ま、オレの仕事はあくまでもいい作品を作るということしかないのだが、なんだか納得いかない話だ。
浜崎あゆみを応援したくない人だってたくさんいるだろうに。


2001 5/13

さんざっぱら飲んで来たぜ。
へべれけ。
MANDARA2でマキニカリスのライブがあったので行ってきたのだ。
お昼からヨシヤと一緒に練習をして、午後から吉祥寺に行った。
練習がいいかんじでちょっと浮かれていたのかもしれない。
とてもいい気分。
マキニカリスと対バンをしていたホットファッジというバンドのキーボードのお姉さん、あなたは僕のタイプです。
話しかけることは出来なかったけど、いつか何かあったら口説かせてください。

秋頃にマキニカリスと寛さんとオレとで一緒にやろうという話になった。
楽しみ。


2001 5/14

春キャベツが一個100円、ベーコンが100グラム100円というなかなかの安さだったので、夕食はキャベツとベーコンのスープにすることにした。
タマネギを薄くスライスしたものとキャベツを粗く切ったもの、そしてベーコンとニンニクを大鍋でぐつぐつ煮る。
ひたすら煮る。
ついでなので冷蔵庫でしなびかけていたレタスも一緒に入れる。
コンソメスープの素を入れて塩コショウで味を整える。
旨い。

なんだかあれだ。
淡々とした一日だ。

久しぶりにまた感傷の訪れる気配がする。
詩の季節か。


そうそう。
宮坂さんという人がオレのCDアルバムのレビューを書いてくれたよ。
皆も読んでみてくれ。



聴け!新しいうたの形がここにある――巻頭言より


ハロー印/又吉究


又吉究のファーストアルバム「ハロー印」が完成した。

これは、フォークソングだろうか?
あるいはロックだろうか?
初めて彼のうたを耳にするものは、
自分のどの抽斗に彼をしまおうか、とまどうかも知れない。
だがおそらく抽斗は見つからないはずだ。
なぜならこれは全く新しいうたの形だから。

フォークやロックの抽斗に「又吉究」をしまいこんだ人は、
今一度取り出してよく見てほしい。
使っている楽器やコードに気をとられると本当の姿は見えてこない。
彼の紡ぎ出す音に身を委ねながら、その詩を聞き取ってみる。

「稚拙だが心に響く」ような未完成なものではない。
「若者がありのままの言葉をつづった」ような無責任なものでもない。
「まさか・・・」「もしかして・・・」
――そう感じた部分があるとすれば、すべてそのとおりに違いない。
彼の言葉は確信をもってそこに置かれている。

高度に練り上げられた言葉ではあるが、
作為の痕跡をみじんも残していない。
それは彼の作品が芸術であることの証でもある。

「人々が教会でそうするように、その前で帽子をとるような作品を描きたい」
とはノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクの言葉だが、
又吉究のうたは、居住まいを正して教えを請うように接すべき類いのものだ。

ここに納められた16曲は、どれもが又吉究の代表作と呼べる。
楽しい曲は楽しく、
重たい曲は重く、
ひょうひょうとした曲はひょうひょうと、
曲の持ち味通りに歌い込まれている。
聴くほどに味わいを増し、発見があることだろう。
何かまだ疑いがあるだろうか?

目の前に現れた動物がライオンのようであったら、
それはライオンと認めた方がよい。

聴け!新しいうたの形がここにある


宮坂知義


宮坂さん、ありがとう。


2001 5/14

駄目だ。
酔っ払ってる。
色々あったんだよね。
嫌だね。
酔っぱらいは。







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