徒然またよし日記・8月前半
なんか良くは分からないんだけど、
この日記才人というやつのランキングに参加してみました。
ランキングが上がれば上がるほどさらにお客が増えるというかんじの雰囲気です。
オレを助けると思って登録してみて下さい。
こういう地道な努力によってオレのライブは赤字から脱出できるのです。
きっと。
2001 8/1
今日は焼き肉をおごってもらった。
焼き肉最高。
肉屋と一体化している面白い店で、クーラーの効きが悪くてめちゃめちゃ暑かったのだけど、さすが肉屋、ハラミが今まで食べた中でベスト3くらいに美味しかった。
オレは焼き肉を食う時は最初から白いごはんが必要だ。
焼き肉は白いごはんと一緒に食ってこそその実力を遺憾なく発揮する。
最初はビールと一緒に肉を食い、最後のシメに御飯物を頼む、という人がいるが、ノンノンノン。
肉とメシ、その奏でるハーモニーを充分楽しんだ後、チャンジャやキムチを肴にゆっくりと酒を飲むのが正しい焼き肉の食べ方だとオレは考えるのだっ。ドン。ドン。ドドンドドン(机を叩く音)。
いやあ、焼き肉って本当にいいものですね。
ごはん3杯も食っちゃった。
ビールも嫌ほど飲んだし。
今日はこの勢いのまま気持ち良く眠りたいので、沖縄4日目は明日ね。
おやすみ。
2001 8/2
うだうだしているうちに2ヶ月にまたがって書いています、沖縄物語。
やっとこ4日目。
2001 7/21 (沖縄4日目)
昼過ぎに起きる。
が、また寝る。
けっこう疲労がたまっていたらしい。
予定では今日の昼は平和通りでおみやげを買う予定だったのだが、19日にある程度買っていたので、しばらくうだうだすることにする。
夕方5時頃から東京から会社の社員さんのHさん一家が来ることになっている。
今回の帰省では、会社のTさん(沖縄人)やHさん一家と同じ時期に沖縄に行くことになり、せっかくなのでHさん一家は沖縄の初日は又吉家に泊まることになっていた。
うつらうつらしているうち、Hさん一家到着。
子供達は台風のようだ。
センチメンタルな気分も一気に吹き飛び、テンションがガッと上がる。
子供と一緒に家の庭の木にとまっているセミを取ったりして遊ぶ。
夜からTさんセッティングの飲み会にHさん一家と一緒に行く。
明日はTさんセッティングのバーベキュー大会が名城ビーチで開催されることになっている。
参加人数は20人くらいになるという。
Tさんおそるべし。
今夜はそのちょっとした前夜祭というわけだ。
ビールをぐびぐびやりながら島らっきょうの天ぷらなどを食う。
美味。
夜。
家に帰ってから、子供達を寝かしつけ、Hさん夫婦と居間で二次会。
馬刺や、うんちぇー(沖縄の葉野菜)の炒め物やじーまーみー豆腐を食う。
明日はバーベキューだ。
海水浴だ。
楽しみ。
2001 8/4
昨日は飲んでいた。
友人から金を借りて飲んだ。
なんだか借金がどんどん増えていく。
困ったもんだ。
そんなら飲むな、と言われそうだが、全くその通りですね。ごめんなさい。
だらしないことです。
まったくもって。
ここんとこ2週間ほどスタジオをさぼっているのだが、明日は久しぶりのスタジオ。
ザ・バカンスの8/17の曲順をそろそろ考えておかないといけない。
前回ではやらなかった曲も何曲かやりたい。
できれば新曲も。
で、沖縄5日目
2001 7/22(沖縄5日目)
朝の7時30分に起きる。
眠い。
しかし今日はバーベキュー大会なのだ。
海岸でビールを飲むのだ。
迎えに来たTさんの車に乗り込み、いざ名城ビーチへ。
きれいに晴れた空に大きな入道雲がかかっている。
雲の下に入るとスコールのような土砂降りの雨が降っているのだが、雲は大して大きくないのでしばらく走っていると雲の下を脱出してしまう。
晴れと雨の境目を通り抜けると大きな虹が見えた。
ここは夏の沖縄なのだ。
その強烈な陽射しの下の白っぽい景色も、ときおり吹き抜けるどこか潮の匂いの混ざった風も、オレが
子供の頃に感じていたままそのまま、今も当たり前に広がっている。
ふと立ち眩みのような感覚に襲われる。
無一物で一人ただ寄る辺のない海に浮かんでいるような感覚。
後悔さえしようのない、取り返しのつかない故郷で、もはやオレはどこに行ってもよそものなのだ。
オレは沖縄との何か大切な絆を断ってしまった。
目の前の景色が思い出のように、はかなく美しく見える。
オレは歌を歌っていこうと改めて強く決意する。
海。
イェー。
海イェー海イェーイェー。
海イェー海イェーイェー海イェー海イェーイェー海イェー。
沖縄に住んでいた頃は、海水浴なんかちっとも楽しくなかったのだが、めちゃめちゃ楽しいよ、海水浴。
Tさんのセッティングはビューティフルで、美味しい肉と、本格的な生ビールサーバーと、生ビール80リットルがシステムキッチンか何かのコマーシャルのように「キラーン」と音をたてて光っていた。
素晴らしい。
ギターとマラカスも用意されている。
ミュージシャンならたくさんいるぜ。
歌い、踊り、泳ぎ、食い、飲み飲み飲んで、ハンモックに横になる。
そのあまりのはしゃぎようは、その後語り草となったらしい(本当に)。
おさらくあの日、誰かが宇宙から地球を見ていたとしたら、地球が少し明るくなったのがはっきりと見てとれただろう。
海や風に、しっかりとオレの笑顔をしみこませといてやった。
しあわせ。
泥酔。
17時頃にあわてて引き上げ、国際通りに向かう。
他の皆は夜まで騒ぐと言っていたのだが、オレには兄貴がセッティングしてくれたライブがあるのだ。
Tさんから借りたギターを握りしめ、後ろ髪をひかれつつ、県道336号線をとばす。
のどのコンディションは最悪だ。
騒ぎすぎて枯れてしまっている。
ま、えてしてこういう時こそいいライブができたりするのだ。
大丈夫マイブラザー。
ドンウォーリービーハッピー。
酔っている。
ほら見ろ素晴らしいライブじゃないか。
心のこもったいい歌が歌えた。
客はあまり入っていなかったが、どこからかギャラも出るというし、久しぶりに兄貴に生で歌を聞いてもらったし、とても満足だ。
とても満足だ。
いよいよ明日は東京に帰る。
2001 8/5
今日の日記の前に業務連絡。
「ナカヤマ アヤコ」さん。
6/13に口座への入金を確認しましたが、メール等で住所を教えてもらわないとCDが送れません。
住所を教えてください。
決して悪用したりしませんので安心を。
「オバラ サヤカ」さん。
注文は確認しましたが、入金がないので送っていません。
入金を確認次第お送りします。
で、今日の日記。
今日はスタジオだった。
今度のライブでは前回のライブとは違う曲をなるべく多くやろうということで、オレのソロの時の曲でまだバンド用にアレンジしていなかったやつを新たにアレンジしてみたのだった。
いろいろと難しいところもありそうだったが、どのみちバカンスの曲の善し悪しはドラムの横田たっつん次第なのだ。
オレもベースのヨシヤも下手っぴだから、曲のメリハリや勢いはほとんどすべてドラムの技で補ってもらっている。
がんばれたっつん。
いけいけたっつん。
と、かなり人まかせなかんじで練習は進む。
いやあ、良かったよ。
いいドラムが見つかって。
スタジオの後、皆でステージ衣装を見に行く。
スーツの仕立て屋さんで生地を選ぶ。
皆で揃いのスーツの一着でも作るべという話だったのだが、たっつんもヨシヤも一番高い生地を選びやがるので、安いやつなら3万8千円で作れるところをなんと8万8千円という見積もりになってしまう。
オレ、ピンチ。
まだギターのローンも半分以上残ってるっての。
金持ちコンビめ。
今月末に注文に行くことになる。
がんばって働かなきゃ。
沖縄6日目は明日ね。
2001 8/6
結局今日までかかってしまいましたが、なんとか沖縄日記を完成できます。
7/18から7/23までの6日間、オレは7年ぶりの沖縄でいろいろなことを考えました。
先に進むためにケリをつけなければならないたくさんのことを、オレは沖縄にずっと置き去りにしていました。
そのいくらかは、今回の旅で決着をつけることができました。
2001 7/23 (沖縄最終日)
沖縄の海が、風が、空が、水平線が、そこで生まれ育った者にどのように見えるのか、オレははっきりと知っている。
とにかくこんなに美しいものでないことは確かだ。
オレは実家の近所の高い丘の上に立っていた。
前と後ろに水平線があって、ここが海に囲まれた小さな島なのだということがはっきりと分かる。
高校生の頃、好きだった女の子とここでキスしたっけ。
オレは昔から、この丘が好きだった。
母ちゃんとケンカした時も、夜中までここに座っていた。
ここから見える景色は美しい。
7年ぶりの今、それは泣き出しそうなほどに美しい。
どんなものだって遠く離れれば離れるほど美しく見えるというのは真理だと思う。
美しさとはかなしさだ。
とりかえしのつかないすべてを、人は愛しく思うものだ。
オレは「故郷」が懐かしかったのではない。
オレは「思い出」が懐かしかったのではない。
オレはおそらく「この世」が懐かしかったのだ。
オレはたぶん、なんだかとんでもないところに立っている。
子供の頃、「カモメのジョナサン」という本を何度も読んだ。
食うために飛ぶカモメの中で、たった一匹だけ飛ぶために飛んだカモメの物語だ。
物語の中で、ジョナサンはある日神のような存在になって、もといた群の中に帰る。
そして自分と同じようなカモメを探して、「カモメ」の生の持つ真の意味を伝授しようとする。
この物語を読みながら、オレは何度も、自分も神のような存在になって、廻りの者にすべてのものごとの本質的な意味を、教え導く姿を夢想した。
オレは傲慢な子供だったのだ。
はたしてオレもいつの間にか飛ぶために飛ぶようになって、群を捨てて旅に出た。
そして今になって思うのだ。
食うために飛ぶのだってとても素敵なことだと。
ただ「違う」だけなのだ。
ジョナサンは自分を見つめるということが、最も価値のあることなのだと思い込もうとしたのじゃないだろうか。
誰もが命をかけて自分を見つめる必要なんてどこにもない。
オレ達は好きで飛ぶんじゃないか。
オレはいつの間にか「カモメのジョナサン」は、ジョナサンのかなしい復讐の物語なのだと思うようになった。
飛ぶために飛んだジョナサンが、教えるために飛んだ時、ジョナサンは取り返しのつかない大切な何かを自ら汚してしまったのだ。
9年前、オレは沖縄を捨てた。
家族を捨てた。
仲間を捨てた。
恋人を捨てた。
自分勝手にならなければできないことがあった。
今だって「それ」のために邪魔だと感じたらどんなものであろうと躊躇なく捨てるだろう。
必要なものがあれば迷いなく手に入れようとするだろう。
オレはたったひとつのことだけのために、もう9年も生きている。
これからもたぶんずっとそうだろう。
オレは「この世」を懐かしがっていたのだ。
どこにいたって同じように、オレはよそものなのだ。
ぜんぶなにもかも分かり切っていたこと。
オレは当たり前のことを当たり前に確認して、当たり前の感慨を当たり前に眺めていた。
言えなかった別れの言葉を、今更だけど言いに来たよ。
オレはわざわざ口に出して「ありがとう」とつぶやいた後、丘を後にした。
次に来る時は、オレはきっとただのはしゃいだ観光客になっているはずだ。
2001 8/7
なんだかボンヤリした一日だったな。
雑誌を読んでいたら電化製品メーカーのSANYOが洗剤のいらない洗濯機の開発に成功したという記事を見つける。
1970年代くらいから、「電化製品会社は実はとっくに洗剤の必要ない洗濯機の開発に成功しているが、洗剤メーカーとグルを組んでいるので絶対に販売しないのだ」という根強い噂があって、昔の本や雑誌にちょこちょこ批判が載ったりしていた。
そんなバカな話はないだろうと思っていたのだが、これでその噂がデタラメだったことが証明されたようなもんだ。
SANYOは他にも中のターンテーブルが回らない電子レンジや、排気の出ない掃除機などを開発したりしていて、最近頑張っているようだ。
すごい。
面白い商品を2つ3つ開発したからって、他のメーカーとの競争に簡単に勝利できるわけではないだろう。
シェアだって大して伸びないかもしれない。
けれどもそういう挑戦する姿勢はいずれ必ず皆に認められるはずだ。
SANYOの今の社長がどんな人か知らないけれど、きっと面白いボスなんだろうなと思う。
オレが金持ちだったら株を買ってるところだ。
オレも新曲作り頑張ろうっと。
あ、エッセイのコーナーに沖縄の帰省日記まとめときました。
まとめて読みたい人は下をクリック。
7年ぶりの沖縄帰省日記
2001 8/8
カール・ルイスは言った。
「オリンピックは4年に一度、一番努力した者を決める大会なんだ。」
と。
こうも言った。
「僕は一番努力したから勝ったんだ。」
と。
ある相撲取りの親方が元横綱千代の富士を、「一番稽古した横綱だ」と言っていたのも聞いたことがある。
千代の富士は稽古の鬼で、横綱になってからも、誰よりも稽古したと言う。
挑戦者よりもはるかに多い稽古を積む横綱だったとは、相撲関係者皆の一致した証言だ。
世の中には「どんなに努力しても越えられない壁がある」みたいな意見が根強くあって、ブルースなどの歌詞ではけっこうその手の話を歌にしたりしている。
その言葉には単純なヒーローの安っぽい成功の物語にはない悲哀やリアリティーがあるように思える。
「現実はもっと厳しいものだ」と、みんな考えていて、努力が実らない時にこそ皆ドラマを感じるのだ。
しかし、大成した人間は皆本当に努力している。
いや、努力という言葉を使うから語弊が生じるのだろう、皆ものすごい練習をして成功を掴みとるのだ。
最も「才能」がモノを言いそうなスポーツの世界でもそうなのだ。
オレはずっと「努力」という言葉が嫌いで、「一番頑張った奴が勝つ」なんて考えは大嫌いだった。
しかし最近は、それが当たり前のことだと思うようになった。
勉強して練習して工夫をすれば、必ず上手くなるし、強くなる。
一番上手い奴は、一番勉強して、一番練習してるから、一番上手いのだ。
「努力したけど駄目だった」というセリフは悲しい。
挫折とは神聖な何かだ。
美しくさえもある。
別に批判するつもりはない。
しかし彼(彼女)は本当に、勉強に、練習に、打ち込んだのだろうか。
彼(彼女)は何をもって自分の限界を決めたのだろうか。
オレが多少なりとも誇れることは、自分がしつこい性格で、いつまでも同じことを考え続けていられるということだ。
オレは大してギターを練習しないし、一般にボーカルのトレーニングだと言われている腹筋だのアエイウエオアオだのもほとんどしない。
けれどもいつも不思議に思う。
詩人になろうという人間が語彙を増やそうとするでもなく、他の言語表現について興味すら抱かず、紙とペンを持ってただの1時間も集中していられず、「自分が何を言いたいのか」よりも「詩とは何なのか」についてばかり喋っている様を。
歌手になりたいと言いながら、ちっとも人前で歌おうとせず、いずれ上手くなってから歌う、などと言ってボイストレーニングを受けている様を。
野心家のふりをしているのに、少しばかりの意地も押し通せない様を。
100歳の老人が100メートルを9秒で走ることは確かに普通に考えたら無理かもしれない。
しかし例えば一時的に驚異の身体能力を発揮することができるとんでもない薬物の開発なら可能性がないわけじゃない。
絶大な社会的権力を手に入れて、事実をねつ造するという方法もある。
ものすごく高い竹馬を作れば一歩で100メートルだし、ひもで体を縛ってモーターで引っ張ってもらえば大怪我するだろうが9秒も可能だ。
根気強くやることは難しい。
確かに時には努力で越えられない壁もあるだろう。
しかし努力で何とかなることの何と多いことか。
できることは山ほどある。
夢は叶うはずだ。
同じ人間同士なら、誰かにできて誰かにできないなんてことはない。
本当に当たり前の話だが、できないことをできるようにしていくという以外に、人生の中でやることはない。
勉強して練習して工夫することだ。
2001 8/9
引っ越すことになった。
同じアパートの別の部屋に。
なんか全体的にリフォームするらしい。
来週一杯で引っ越す予定なので、なんだかばたばたしている。
引っ越しって大変。
2001 8/10
あらら。
誕生日だよ。
27歳になっちゃった。
早いものだ。
相変わらず夢かなえてるよ。
心配すんな、16のオレ。
引っ越し大変。
2001 8/11
あー。
大変。
15日まで引っ越しに奔走する予定なので、日記は短いものばっかりになるだろうけど許しておくれ。
今日は中野の100円ショップに収納用品等を買いに行く。
途中、中野在住の友人にばったりと出会う。
元気そうで何より。
明日はスタジオ。
2001 8/14
12日、13日、そして今日14日と、連続してスタジオに入っている。
17日のライブに向けて、オレ達は練習に余念がないのだ。
あー、かっこいいよオレ達。
しかしそのせいで引っ越しは大幅に遅れている。
明日までに引っ越しを完了させなきゃいけないのだが、どうなんでしょ。
かなりやばいかんじ。
連日、夜中の4時頃までやっているのだが、あまり進まない。
モノが多すぎんだよな、そもそも。
日記の更新も滞りがちだけど、ゆるしてね。
落ち着いたら、またいろいろと面白い話書くからさ。
2001 8/15
引っ越しなんとか終わりそう。
友人二人に手伝ってもらったのだが、その二人が大活躍してくれ、とても助かる。
やっぱり人には優しくするべきだなと心から普段の自分を反省する。
困ったときはお互い様。
オレも誰かが引っ越しの時は手伝ってやろっと。
明後日はライブ。
とても楽しみ。
2001 8/16
明日はライブ。
まだ引っ越しの整理中。
2001 8/20
しばらく日記を休んでいましたが今日からまた復活します。
お待たせ。
17日のライブはかなり不満の残る出来となったが、とてもいい勉強になった。
同じ失敗は二度と繰り返さないよ。
これからもっともっと精進して素晴らしいバンドにすることを約束しよう。
9月には皆の度肝を抜く演奏が出来るはずだ。
18日には上野でポエトリーリーディングのイベントに参加する。
そこそこ宣伝にもなったし、久しぶりに濱田さんとも喋ったし、酒は旨かったし、とりあえず満足。
19日には引っ越しでぐちゃぐちゃになった荷物を整理しつつ、日曜大工に励む。
机をひとつ作るのに6時間ほどかかる。
いびつだが味のあるいい机が出来た。
そして今日、19日。
今日で会社の夏休みが終わり、また仕事へ出かける。
久しぶりの仕事を淡々とこなす。
仕事中、何故か同僚に怪談を話して聞かせることになり、したたかにびびらすことに成功。
オレ、怪談は得意なんだ。
自分が全くこれっぽっちも怖がってない分、他人の怖がるツボがよく見える。
幽霊というのはある種の比喩だと思う。
かわいこちゃんが光り輝いて見えるように、凄いミュージシャンにはオーラを感じるように、人は自分の観念を何か具体的な形でのイメージとして感じてしまうことがよくある。
幽霊が確かに物質的に存在するのなら、ビニール袋にでも取っておけそうだが、そんな幽霊ではちっとも怖くない。
オレは詩を書く人間だから比喩というものを尊敬している。
しかし比喩は比喩でしかない。
怖ろしいのは比喩そのものではない。
人はお岩さんが怖いのではなく、お岩さんの執念やら恨み、悪意や嫉妬や敵意を恐れるのだ。
死という人間の逃れられない運命を恐れるのだ。
その証拠に、せんたくばさみの幽霊が出てきても誰もちっとも怖がらない。
執念が物質ではないように、幽霊も物質としてはこの世に存在しないだろう。
しかし確かに執念という概念があるように、「幽霊」という概念や比喩はなくなることがないだろう。
オレにはほとんどの怪談がブルースに聞こえる。
「恨めしや」なんて歌われるとぐっとくる。
オレは幽霊よりも、詩という比喩の方が性に合っているようだ。
2001 8/21
台風が東京に近付いているという。
なんだかとてもわくわくしている。
台風というオレの傑作エッセイにもあるように、オレは台風が大好きなのだ。
今日は思わず本屋に行って本を5冊ほど買ってしまった。
台風の日に読む本ほど素敵なものはない。
晴耕雨読とはよく言ったもので、外が嵐になればなるほど、本に集中できるような気がする。
さて、何から読もうか。
今日は特別にどんな本を買ったか教えちゃう。
死者の奢り・飼育 大江健三郎
現代史の争点 秦 郁彦
堕落論 坂口安吾
月と六ペンス モーム
山の音 川端康成
こんなかんじ。
「現代史の争点」という本以外は中学とか高校の頃に読んだ本なのだが、最近オレは昔読んだ本を新たに買い揃えつつ読み直す、というのをテーマにしており、特に過去読んだ中で印象深かった本の、新たに買っていなかったやつを今日は買ってみた。
昔読んだ本は図書館の蔵書だったり、人にあげたりしてしまってるのでほとんど残っていないのだ。
新しい部屋に引っ越したのを機に、文庫本用の奥行きの浅い本棚を4つほど買うので、今あるたくさんの文庫と共にこれらの本を本棚に置いておきたいのだ。
引用したくなったりした時のために。
しかし、あれだ。
大人になったオレが読む安吾や、川端康成や、大江健三郎はどんなかんじだろう。
10年くらい間をあけるとまた違った楽しみがある。
とりあえず「現代史の争点」から読んで気分を戦争前後に持っていってから、安吾でも読もうかな。
堕落論は高1の時、夢中になって読んだんだっけ。
新しい発見があるといいけど。
2001 8/23
今日も僕には誰ひとり軽蔑できなかった
今日も僕には何ひとつ決めつけることができなかった
今日も僕には何もかも
全部がいちいちもっともだった
「ファック!!」と怒鳴って
机をけとばして
世の中をクソッタレあつかいにしてみたい
まわりのすべてを舐めきって
余裕しゃくしゃくの尊大な態度で
運命をからかってみたい
今日も僕には誰ひとり軽蔑できなかった
今日も僕には何ひとつ決めつけることができなかった
今日も僕には何もかも
全部がいちいちもっともだった
あらかじめことわっておくことを
あらかじめ考えているよ
エクスキューズばかりで
一歩も動けずにいるよ
今日も僕には誰ひとり軽蔑できなかった
今日も僕には何ひとつ決めつけることができなかった
今日も僕には何もかも
全部がいちいちもっともだった
自分だけが特別な人間だと思いこそすれの謙遜なんだ
尊敬などという嫌味なしろものは捨てて
黙って君を抱きしめて
無理矢理キスをしてみたい
昨日は酒を飲んでいた。
今日は夜中まで残業していた。
台風は期待はずれだったが、とても素敵な青空だった。
2001 8/24
ひたすら眠い。
なんだか体の具合がおかしい。
とりあえず寝ます。
2001 8/25
今日、明日といろんな人に誘われていたのだけど、ちょっとした用事があったのですべて断り、用事の方を優先する。
いろいろ考えるところはあったのだが、なかなかに楽しい勉強になった。
オレは基本的に結局「勉強」とか「向上」といものが大好きなんだな。
もう今さら軽蔑など恐れていない。
何が楽しいって他人の反応ほど楽しいものはない。
「オレ」という存在に皆がどういう反応をするのかだけが楽しいのだ。
帰りにツヨシ君に会う。
近所の「東京ナイト」というバーでバイトしていた男の子なのだが、なんだか久しぶりに話が盛り上がってしまい、しばらく一緒に酒を飲む。
いつか金が用意できたら一緒に店をやろうぜという話で盛り上がる。
そこいらへんでバイトするよりバーをやった方が儲かりそうだし、女ともたくさん知り合えそうだ。
ちょっと真面目に考えてみようかな。
2001 8/27
昨日は寛さんのファンクラブの会合で、両国へ行った。
博物館をみんなで見物した後、銭湯に行って寛さんの背中を流した。
そのままちゃんこ料理屋で宴会となり、高円寺で二次会をやって家に帰ったのは朝方になってからだった。
なんだか最近思うところが多い。
自分の中でまだ整理がついていないので、文章におこすのはまだもう少しかかりそうだけど、いずれちょっとしたエッセイにしてまとめたい。
そろそろまたデタラメな風呂敷でも広げなきゃな。
守りに入ったらオレは駄目になる。
2001 8/28
9/2に個人情報保護法に対しての大規模な反対集会があるというチラシをあるライブハウスで見つけ、いったいどういうことなのだろうと少しネットで調べてみた。
(ずらっといろいろなページを読んでみたのだが、ここのサイトが一番詳しいようだ。興味のある方はどうぞ。)
なんだかえらいことになっているようだ。
小渕政権の時、組織的犯罪対策三法やら個人情報保護法やら住民基本台帳法一部改正案等が大した議論もなく議会を通過したという話は知っていた。
週間文春で誰かが批判しているのを読んで、「この小渕ちゅうのはぼんやりした顔してるくせにむちゃくちゃしよるな」と思ったのを憶えている。
その前に全国の公立学校に始業式、終業式での国旗掲揚、国歌斉唱の義務を通達したりしていたので、けっこう小渕にはむかついていたのだ。
法律で定められている訳でもないのに、何を根拠に義務化できるのか今だに疑問だ。
そんなのは個人の自由でも一向にかまわないと思うし、そもそも「式典」というものがなぜ学校で必要なのかすら分からない。(誰かかしこい人がいたら教えてほしい。)
その週間文春の記事では、小渕の最終目標は徴兵制なんじゃないか、みたいなことを言っていて、オレも「詳しいことはわからないが、何にせよもしも日本が徴兵制になったらオレとしてはとにかく断固としてサボタージュしよう」と固く心に誓ったのだった。
オレはかなり前から「国家無視革命論」とでも呼ぶようなものを考えていて、「皆で国家なんて無視しましょうね。ニヒリズムをどんどん推進して、皆が個人になり、権威というものの成立する余地をなくしましょうね。」みたいなことを折に触れて主張していた。(詳しい話は過去の日記のあちこちに点在している。)
ただの理想といえばそれまでなのだが、理想があってこそ指針というものが成立するのだから、理想を語ることは良いことだと思う。
権力というのは結局は個々人の心の中にしかない。
誰が行使しようが暴力は暴力でしかない。
オレは国家による権力の行使それ自体の正当性を問いたかった。
例えば、国のサービスを受けることを全て可能な限り拒否し、それを担保に買えるだけの自由を国家や制度から自分の元に買い取ろう、というのはそんなに出鱈目な論理じゃないと思うがどうだろうか。
基本的人権を保証するが義務は守れ、というのは、そんな保証いらないから義務は免除して欲しい、という選択肢があってこそ公平だと言える。
投票権をくれるだけで「俺達の決めたルールに従わない奴は俺達の決めたルールに従って制裁を加える」という意見を通そうというのはなんだか無茶な気がする。
「国家」という「制度」への参画が、拒否を許されない一方的なものであるなら、それこそ「国家」の唱える「人権」もただの「アメとムチ」のアメでしかなくなってしまう。
「我々」にできる戦いならいくらでも思いつくが、オレには「個人」としてできる戦いは「無視」以外思い浮かばない。
少なくともそもそもの根本を問うための意志表示は投票ではあり得ないだろう。
例えばもしも投票率が10パーセントを切ったとしたら、確実にその政府は有名無実なものになる。
それでオレはずっと投票を拒否していた。
しかし。
世の中はオレの望むのとは全く逆の方向へ向かいそうだ。
とりあえず投票拒否はやめ。
「そもそもの根本を問うための意志表示」よりもこの一連の法案に反対することの方が先だ。
避けられないクソなら甘んじて受けるが、避ける努力はさせてもらう。
人が下手に出てたらいい気になりやがって。
もっと直接に文句を言わせてもらうことにした。
オレは怒った。
まず、「行政機関の保有する電子計算処理に係る個人情報の保護に関する法律」から文句を言わせてもらう。
つづきは明日。
2001 8/29
「行政機関の保有する電子計算処理に係る個人情報の保護に関する法律案」は1988年4月に政府から国会に提出された。(12月に公布)
国のコンピュータで管理する個人情報(住所、氏名、年齢、職業、年収、家族構成、犯罪歴、等その他いろいろ)について、不正に使われていたり、間違った情報が入っていても、国民にはそれを確認する方法がないので、国民が主体的にチェックできるようにしよう、というのがこの法案の主旨だった。
理念としては素晴らしいのだが、内容に不備がある。
まず、この法案には例外規定が多過ぎるのだ。
犯罪、出入国、税務、内申書、医療用カルテ等がそれである。
さらに言えばその対象が「行政機関の持つ電子情報」だけに限られていて、しかも何の罰則規定もない。
欧米ではまず情報公開法が生まれ、全面公開原則の例外として(いわゆる)個人情報保護法が生まれた。
情報公開法のおかげで、アメリカ等では市民による行政へのチェックができるようになった(1966年、1974年改訂)。
例えばダムを作る時、誰がどのような議論を持って決定したのか。
いくらかけるのか、またその内訳はどうなっているのか、なんてことが誰でも(外国人でも。他国のスパイでも。)情報開示請求できるようになったのだ。
最近日本でも問題になっている役人の接待費等も、アメリカなら皆がチェックできる仕組みだ。
しかし、役人にも、問題に関わる民間人にも、プライバシーがある。
そこでアメリカでは個人情報保護法(1974年)が作られたという経緯がある。
情報公開は世界の流れでもあり、民主主義にとってとても重要な役割のひとつである。
政治に透明性がなければ、民主主義の意味がなくなる。
政治の実務について、国民がチェックできる態勢になれば、ひとつひとつのルールや業務に関して皆でもっと突っ込んだ議論をすることができ、より市民の側に立った(権力を握る一部の人間の為でない)行政が期待できる。
皆でチェックすればそれだけ不備の少ない行政にすることができる。
いわゆる「知る権利」と「内心の秘密(プライバシー)の権利」は並行して考えるべき問題だ(ここ重要)。
自治省は個人情報保護法と情報公開法を平行して検討していたが、情報公開法の方は関係各省庁の抵抗が凄かったので「行政機関の保有する電子計算処理に係る個人情報の保護に関する法律」を先に提出したという(意味ねー)。
情報公開法は日本でも1999年にようやっと制定されたが、情報不開示に対する訴訟を高裁所在地にしか認めなかったり、特殊法人や新設が検討されている独立行政法人を当面対象機関から除外していたり、不開示情報の範囲を運用上の裁量に委ねる内容となっていて、超ウルトラスーパー不備だらけである。
以前から行政側は「プライバシー保護」を名目にいろいろな書類を「不開示」扱いにしており、民間の監視をどこまでも拒否しようとしている。
個人情報保護の主要な問題というのは、情報公開法の中での、本人の請求による情報の開示義務の範囲と、それに関連した個人のプライバシーの範囲の問題である。
本人開示は、個人の権利利益の保護のためにどうしても必要だ。
個人情報保護のために(悪用や乱用を防ぐために)、国や地方自治体や特殊法人又は一般の企業が握る我々の個人情報を、彼等がどこまで我々に開示すべきでどこから不開示にすべきなのかを明確に規定する法律が必要だ。
医療、教育関係情報の本人開示の問題は、国の施設のみならず公立・私立の施設を含めた、情報の取扱いに関する基本的な在り方にかかわる問題だから、それぞれの分野における専門的な検討が必要だし、本人開示に特有の開示範囲は、不特定多数者を対象とする不開示情報の考え方とは異なるから、請求者が本人であることの確認手続を規定することなどの情報公開法の枠組みを越えた検討が不可欠となる。
それで情報公開法とセットで個人情報保護法が必要となってくる。
コンピューターハッカーやストーカー対策や名簿売買対策の問題はそもそもこの個人情報保護の文脈とは別枠で論じられるべきものだ。
まずここを理解してほしい。
で、「行政機関の保有する電子計算処理に係る個人情報の保護に関する法律」の不備はたびたび指摘されていて、成立時にすでに衆参両院で付帯決議がつけられ、「対象を民間機関に拡大」し、「対象を(現在の電子情報に限るものでなく)マニュアル情報にまで拡大」し、 「五年以内に見直す」ことが国会で約束されていた。
しかし1988年の公布から5年たって1993年になっても何の見直しも行われず、それとは別に「個人情報保護基本法案」が今年(2001年)3月に政府により国会に提出された(つまり「行政機関の保有する電子計算処理に係る個人情報の保護に関する法律」はそのまま)。
現在問題となっている「個人情報保護基本法案」はそのまま「国家機密保護法とでも呼ぶべきもの」として運用できる仕組みになっていて、国民が監視できないばかりか、国家が業務上取得した国民の個人情報を、別の様々な管理目的に利用することを実際上制限できないものになっている。
そして民間事業者が管理する個人情報についても、「個人情報保護」の名目で国が取り締まることが可能になっている。
つまり情報公開法により、国民が行政を監視するはずだったのがいつの間にか、国の国民への監視が強化されることになってしまっていたのだ。
なんでやねん。
そしてその問題はそのまま「住民基本台帳法一部改正案」の問題につながってくる。
あー。
かったるい文章や。
明日元気があったら今度は「住民基本台帳法一部改正案」についても少し文句を言う予定。
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