徒然またよし日記・3月後半
なんか良くは分からないんだけど、
この日記猿人というやつのランキングに参加してみました。
ランキングが上がれば上がるほどさらにお客が増えるというかんじの雰囲気です。
オレを助けると思って登録してみて下さい。
こういう地道な努力によってオレのライブは赤字から脱出できるのです。
きっと。
2000 3/31
もうあかんって言うてんのになんか今日は酒にありつける日だ。
今もまさにビールを飲んでるとこ。
この間から映画の予告編で泣いている。
「アイアンジャイアント」。
めちゃめちゃ面白そう。
4月15日から始まるらしい。
アメリカ版鉄人28号みたいなかんじ。
もうすでに予告編で3回泣いた。
アニメ映画のアカデミー賞と言われているなんとか賞を9部門受賞したらしい。
楽しみ。
「朝まで生テレビ」が今始まるとこ。
日本の家族が危ないそうだ。
見ながらツッコミを入れようと思う。
歳をとると哲学が人格や人生のあり方にまで関係してくるから、逆に人の意見に耳を貸したり結論を得るためにお互いに譲歩し合ったり、というようなことがあまりなくなる。
それが自分の人生を否定することにつながったりするからだ。
頭の固いアホみたいに見えるがオレもこの世のほとんどの問題を個人の実存の問題として処理してしまうし、まああんまり人のことは悪く言えないな、と思う。
どうでもいいけど田原総一郎はちょっと太ったみたいだ。
日記というのは一日のうちの膨大な景色のうち、どこに焦点を合わせるかが問題になってくる。
今日もこの日記に書かれないいろいろなことがあった。
書かないけど。
2000 3/30
グラウンドの真ん中でオレはただ黙って空を眺めていた。
両手をジャンパーのポケットに突っ込んで地面を軽く蹴っ飛ばすと、オレはどこかのミュージカルのダンサーがやるみたいにくるりと回って口笛を吹いた。
空を見ているといつも何か不思議な気分になる。
地球は本当にちょっとしたカプセルみたいなもんだ。
空はいつも広いけれど見上げるたび、押し入れの中にいるみたいな安らかな気分になる。
何も遮るもののないどこまでもつづく空が、例えは下手だけどまるで棺桶みたいにいつだってオレをやさしく包んでくれる。
今日はとても暖かい日だった。
バイトの帰り道、オレは何となく寄り道をすることにした。
こんなに暖かい日はもうずいぶん久しぶりのことだったから、そのささやかな春へのお祝いみたいなもののつもりで、オレは近所の小学校のグラウンドに忍び込んだのだ。
こんな夜は、しっかりと味あわないと春にも失礼だ。
せっかくだからビールを買ってくれば良かったのだが、そのことに気がついたのはグラウンドの真ん中でタバコに火を点けた後だった。
風が吹くたびにグラウンドをぐるりと囲んだ木々達はざわざわと雨の音のような、波の音のような、どこか懐かしい気持ちのいい歌を歌った。
オレはしばらく月を探していたのだけれど、どうやら今日は新月だったらしく、月はどこにも見当たらなかった。
ふと小さな星を見つけて、数えてやろうと思って空に別の星を探していたら北の空にひしゃく星を見つけた。
星達は小さいながらもこのくそやかましい東京の空にまだ頑張っていたようだ。
オレはずいぶんと久しぶりの暖かい夜に、それよりもさらに久しぶりのひしゃくを見つけて、なんだかうれしくなって少しグラウンドを走ってみたりした。
風が頬に当たって、どこからか花の匂いがした。
ひしゃく星に見せてやろうと思って、オレは夜のグラウンドで一人しばらくジャンパーのポケットに手を突っ込んでステップを踏んだり、タバコの煙で輪っかを作ったり、社交ダンスの真似をしたり、歌を歌ったりしていたのだが、ひょっとするとひしゃくのやつにはオレが仲間に見えたのかもしれない。
何度かウインクをしてきたので、オレも何度か投げキッスをくれてやった。
2000 3/29
欲望には大将、じゃなかった対象が必要だ。
人は対象があって欲望があると考えがちだが、オレは実は対象よりも欲望の方が先なんじゃないかと思っている。
例えば女の人を好きになるのにしても、人は例えば性欲を充たすためにそれぞれの環境の中でその対象を探して、結果としてその人を好きになる、といったかんじが普通なんじゃないだろうか。
動機としての欲望がまずあって、その次にその欲望に合った対象を模索する。
好きになった人がそこにいたのではなく、まず自分に誰かを好きになりたいという気持ちがあった、というのが本当のような気がするし、オレはそう言ってくれるヤツの方が信用できる。
「夢はプロ野球選手になることです」と少年が言う時、その少年は本当の意味でプロ野球選手になりたい訳ではない。
欲望の対象として、いろいろな願望の結晶として、実際のプロ野球選手というよりもそこに仮託された何かもっと別のものをこそ少年はそこに夢見ているのだと思う。
はたして少年は野球を選択した。
そうして初めて、野球が上手くなることだけがその少年のその時の人生の全てになるのだ。
環境は人それぞれ違う。
その中で何を選びとるかは大して問題ではない。
それはある意味、環境によって「選ばされた」ものだからだ。
ぶっちゃけた話、夢なんかどうでもいい。
大切なのはその先にあるものだと思う。
「現在」というものにすべてを集約することができるかどうか、それだけが大切なのだ。
すべての願望や欲望や夢を、今この瞬間に集約できるかどうか、今ここで全身で生きれるかどうか、ただそれだけが問題なのだ。
オレはたった今だって全身で生きている。
どうもお腹の具合が悪い。
水みたいなうんこがさっきから1時間おきに出やがる。
とても困る。
全身で困る。
2000 3/28
地下道を歩いていると真っ白い大理石の壁に落書きがあるのを見つけた。
けっこう大きな落書きなのでかなり目立っていたのだが、通行人は何の興味もないみたいな顔をして通り過ぎていた。
オレはそれを見た瞬間吹き出してしまってしばらく立ち止まって笑っていたのだが、みんなあれを見て笑わないなんてなんてセンスが悪いんだろう。
壁には汚い字で「不倫は文化」と書いてあった。
ギャグじゃん。
新曲が出来つつある。
なかなかにいい曲だ。
今詰めに入ってきているのでもうすぐ完成させられると思う。
まあ、こっからが難しいんだけど。
題名はたぶん「みんな元気」になると思う。
ちゃんとひねくれてて、でもしあわせで、そして冗談に溢れた歌。
たぶんみんな元気。
2000 3/27
音楽を聞くのもメシを食うのも、脳味噌の使っている部分はほとんど同じなんじゃないだろうか。
分割してみたり、再構成してみたり、全体から一気に細部に移ったり、末端から全体を眺めたり、いいかんじに聞くという事はいいかんじに味わうことにとても良く似ている。
良い画家というのはきっとああいうふうに、ああやって味わうように景色を眺めることができるのだろう。
きっと人が好きなミュージシャンの演奏を聞く時、どんなかすかな音でも聞き逃すもんかと耳を澄ますように、料理人は舌を澄ましたり、画家は目を澄ましたり、詩人は言葉を澄ましたりしているのだ。
まあもちろん上手く味わうことと上手く作り出すことはまた別の話だけれども。
オレは音楽を聞くように現実を慈しむ。
通り過ぎる車も、街の雑踏も、電飾の隣の月も、くだらないお喋りも、オレにはどうも音楽みたいに聞こえるんだ。
そしてオレは生きることがぜんぶ歌であるみたいに歌っているんだ。
例えたらまるで常にメシを食いつつ、クソをひり出しているようなもんだ。
この現実を味わいながら、うんこ噴射で空を飛ぶ。
いいかんじに聞きながら、いいかんじに歌っている。
もうすぐ桜が咲く。
楽しみだ。
2000 3/26
昨日はずっと寝てた。
仮眠をとろうと思って横になったのが9時頃。
日記の更新をしなければと思って起きたら今朝だった。
シャワーもしてなかったのであわててシャワーを浴びてバイトへ。
なんでオレはさぶくないんだろう。
他人が「B'Z(たしかこんなふうに書いたと思う)」とか歌うのはかなりさぶいが、オレが歌うとさぶくないのだ。
って「ギリギリーチョーップ」っていうとこしか知らんけど。
同様に「夢をあきらめないで」や「てれずにイイコトしよう」もなぜかオレが言うとさぶくない。
全部わかってやってるからなんだろうな、と思う。
ほら「全部わかってやってるからなんだろうな、と思う。」とか自分で言っててもやっぱりさぶくない。
最近はにらめっこもかなり強くなった。
女の顔を黙って笑わずにじっと見つめることもけっこうできるようになった。
ほんの少しづつだが、オレも照れ笑いを必要としない域に近付きつつあるようだ。
バイトの帰りに野良猫に会う。
「よお」
と言って近付くと「フー」と言って威嚇された。
思いっ切り敵視されているようだった。
そうそう。
オレはなぜか昔から猫に嫌われるんだった。
忘れてた。
別に危害を加えるわけでもなく、ただちょっと近寄っただけだというのにあんなに全身の毛を逆立てて、牙とか爪とかもむき出しにすることはないんじゃないか、なあ猫よ。
オレちょっと悲しいじゃないか。
どうでもいいと言えばどうでもいいことだが、あの猫の「フー」という威嚇の声は息を吸って出しているのだろうか、それとも吐いて出しているのだろうか。
昔から疑問に思っているのだが、誰か知っていたら教えてほしい。
2000 3/24
今日は吉祥寺に行った。
今度の4/6のライブでも一緒にやる藤沢卓君の参加している「マンドリン家族」というユニットをからかいに行ったのだ。
「マンドリン家族」は毎週金曜日の夜に吉祥寺に出没するらしい。
えびせんを食いながらビールを飲んで、罵声をあびせたり、帰れコールを送ったりしていたのだが、なんだかよくわからないがオレはいつの間にかメンバーにされてしまっていた。
そして今度のライブで「マンドリン家族」の指揮者をやることになっていた。
うーん。
本当はそんなさぶさと背中合わせの危険なパートはやりたくないのだが仕方あるまい。
6/16に曼陀羅でやるらしい。
オレは完全な脇役でギターもマンドリンも弾かないし、歌も歌わない。
客席の真ん中辺りで腕をばたばたさせるだけだ。
話だけだと面白そうに聞こえるかもしれないが、実際にやるとかなりつらい絵面だと思う。
ぎりぎりである。
オレは逆境にあると燃えるタイプなので今回もひそかに闘志を燃やしている。
早野凡平テイストを目指すつもりだ。
どうも春は着実に近付いて来ている。
帰り道、近所に桃の花が咲いているのを見つけた。
匂いを嗅いでみたら意外に強い匂いがした。
枝を折って持って帰ろうかとも思ったがそれも野暮だなと思い、タバコ一本分じっくり眺めてから帰った。
2000 3/23
今日は久しぶりにのんびりした。
ここのところゲームなんか触ったこともなかったのだが、プレステで「三国志」をやった。
近所のスーパーに行って元叫ぶ詩人の会のガッパ君がバイトしてんのをからかって、そこでカップ麺を買った後、サンクスで「酒粕まん」と「とうがらしビーフンまん」を買って食った。
「酒粕まん」と「とうがらしビーフンまん」はテレビ朝日の「わらいのじかん」という番組で松本人志と今田耕司が開発したまんじゅうだ。
すごく意外だったが「酒粕まん」の方が旨かった。
ガッパ君はやっと見つけたバイトだと言うのにいつもの調子でとぼけたいいヤツぶりを発揮していた。
店長もあきれているみたいだった。
あんなに素敵でチャーミングな男だが、きっと長続きはしないんだろうな、と思う。
4月6日のチケットを買ってもらう約束をした。
兄貴がプレステ2を買ったらしい。
そういうメールが来ていた。
ゲームなんかしている場合じゃないだろう兄よ。
そのプレステ2はアメリカに行くときに弟にプレゼントしなさい。
アメリカでは使えないって話だぜ。
交流電気の正負のあれが違うから。
ヘルツだっけ。
2000 3/22
しかしあれだ。
アクセスというのは意外にのびないもんだ。
このホームページもすぐに一日4〜500人くらいは訪れる人気サイトになるはずだったのだが、なかなかに道のりは険しい。
オレは怠け者だ。
オレは自分が怠け者であることに誇りを持っている。
怠け者はとても素敵だと思う。
ぐでっとただ寝ころんでじっとするなんて意外にみんなできないものだ。
オレにはできる。
けれどもオレはよくまるで怠け者じゃないみたいに外に出かける。
怠け者なら怠け者らしく家でじっとしていればいいものを、オレはよくヒマ人きるだしで外を歩いたりしている。
こうやって地道に日記の更新をしたりしているし。
本当、まるで怠け者じゃないみたいだ。
酒さえ飲んでなければ。
2000 3/21
今日は恐ろしいものを目撃してしまった。
本当に本当の話だ。
志村けんがコントで使ってたみたいなかんじの赤ちゃんの人形。
体長80センチくらいの、遠目に見たら本物と間違えそうな、けっこうリアルな赤ちゃんの人形。
異常にでかいリカちゃん人形といった趣の頭髪の生え際が怖い赤ちゃんの人形。
その赤ちゃんの人形を本物のベビーカーに乗せてデパートを徘徊する老婆をオレは目撃してしまったのだ。
普通のかんじでけっこう上品な服を着て、とらやのようかんかなんかを普通に買い物しているのだが、その老婆はきこきこきこきこ赤ちゃんの人形を引きながら歩いていたのだ。
なんか戦時中の、死んで腐った赤子を抱いて、乳をやったり話しかけたりしていつまで経っても自分の子供が死んだことを認めようとせずに、とうとう発狂してしまった女みたいな、そういう身も蓋のなさみたいなものがその老婆の廻りには漂っていた。
なんかリアルすぎて怖かった。
どう見てもまともなかんじの人だけによけいに怖かった。
「かわいい赤ちゃんですねー。」
と言って話しかけることによってマジなのかギャグなのか、それとも事情を聞いてみたら「なーんだ」となるような単純な話なのか、確かめようかと思ったが、やっぱりオレにはできなかった。
「ええかわいいでしょ。今度の4月で4歳になります。」
などと言ってにっこり笑われた日には、オレは怖すぎて失神してしまうかもしれなかったからだ。
2000 3/20
満月だ。
今日の東京は空気が澄んでいる。
月の輪郭がはっきりと見える。
とてもきれいだ。
何か神聖なかんじさえ漂っている。
こんな月夜にはいくつかの素敵な思い出がある。
もちろんみんなには内緒だけど。
今日は萩原さんの個展会場でポエトリーリーディング大会があった。
オレもいくつかのお喋りをした。
かっこいいアドリブでオレはオレの天才をみんなに証明してやった。
昨日の日記の続きじゃないが、オレのとんち力はやっぱりなかなかのもんだ。
2000 3/19
オレは人にテストされんのは嫌いだけど自分で自分をテストするのは好きだ。
たとえば漢字を覚えたら誰だって人に
「なー、ちょっとこっから問題出してくれんか。」
というかんじになるだろう。
オレはガキの頃からずっとかっこいい男になるために血のにじむような努力を重ねてきた。
しかし自分がはたして実際どんだけかっこよくなったかをテストする方法はあまりない。
オレの「とんち力」や「ラヴアンドピース力」はかなりアップしているかんじなのだが、誰もいいかんじの質問やらいいかんじの挑戦をオレに仕掛けてこない。
オレがどれだけさらにかっこよくなったか、オレがどれだけさらにふてぶてしくなったか、今こそ自分でテストしてみて喜びたい。
誰か来い、と挑戦的な写真やら文章やらをホームページに掲載していたら、ついに今日こんなメールが来た。
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Subject:
スターさんへ
Date:
Sun, 19 Mar 2000 03:00:15 +0900
あんた ちょっと、おかしんちゃう?あほ ぼけ かすって、ほんまに そうおもうよ。
なんでそんなんになってしもたん?情けな。親ないてるよ。しっかりしいや! あんたのHP
たまたま訪問させてもろたけどまぁ自分でスターやと思うのは勝手やけど仕事捜してんの?
どうでもええの?わからん何考えてるんか。もうちょっと何がしたいか絞り込んだほうがええよ。
新宿うまれの女より
---
夜中に日記の更新作業をしていたら知らない人からメールが来ていたので、
「おっ、ファンか。」
と期待しながら読んでみたらこれである。
最初はオレのことをめっちゃ褒めてるのかとも思ったが、どうも違うっぽい。
そう、この人はオレに挑戦してきたのである。
やった。
ステキ。
こういうメールが来てこそオレもこのホームページを作った甲斐があるというものだ。
今まさにオレは試されているのだ。
この「新宿うまれの女」さんにじゃない。
オレはオレに試されているのだ。
オレはオレに証明しなければならない。
自分のラヴアンドピース力を。
そこでオレは間髪入れず返事を書いた。
---
Subject:
Re: スターさんへ
Date:
Sun, 19 Mar 2000 03:35:31 +0900
From:
KIWAMU MATAYOSHI
君あれやなー。
なかなかきついこと平気で言うんやなー。
あほとかぼけとかかすとか。
そんなん言われたら悲しいやんけ。
人にはもうちっとやさしく喋らなあかんで。
なんやそんなわざわざメール送るくらい腹立ったんか。
しゃあけど怒っても無駄やで見てみ、
オレはいつでも幸せ真っ直中なんや。
しあわせなやつやのー、とか、おめでたい男やのー、とか、
思いきり軽蔑してくれたらええがな。
それともわざわざ怒るくらいなんかオレが気になったんか?
あれや。
君ももうちょっと違う形でオレに会っとったら、
きっとオレのこと好きになっとったで。
そうそう。
仕事探せ、言うてたけどあれや。
オレちゃんと働いてんねんで。
月に30万くらい分は。
スターとしてな。
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しかし7〜8年くらい前、17歳くらいのオレだったら確実に落ち込んでいただろうなと思う。
やはりオレは着実に力をつけてきている。
あの頃のオレは他人の一言一言に一喜一憂していた。
普段「オレは天才だ」とか言っていても誰かに
「おまえなんか全然大したことない」
と言われて落ち込むのはただのナルシストだ。
「えー。おまえアホやなー。このオレの天才がわからへんの?」
と言うのが君、エゴイストというものだ。
お母さん、あの引っ込み思案の究がここまでふてぶてしくなれました。
仏壇のおばあちゃんにお礼を言っといてください。
この間のライブの打ち上げで美奈さんに、
「スターは嫌いな人っているの?」
と突然質問された。オレには嫌いな人とかあまりいなさそうだから、どうやったら人を嫌わずにいられるのかを聞きたかったらしい。
やはりオレの「とんち力」や「ラヴアンドピース力」がかなりすさまじい幸せオーラを放っていたのだろう。
そうそう、そういう質問されるの好きよ。
オレは、
「とにかく簡単に人を判断せえへんことやな。」
と言っておいた。
「10年くらい付き合ってからでないと本当にその人のことが嫌いかどうかわからへんやろ。なんか誤解してるんかもわからんで。ほんまはええやつかもしれんで。あれや。嫌う前にまず自分がそいつに好かれるのが先や。好かれてみてから嫌いかどうか判断しいな。」
どうも「新宿うまれの女」さんはその文面から察して、オレのホームページの表紙のコメントとその散歩する写真と3月後半日記、つまりこのページの17日と18日分しか見ずに、すばやくオレを判断してしまったんだろう。
気持ちは分かる。
小学生を驚かしたり、うとうとちんちんプレイを楽しんだりしているやつだ。
あんなくだらない写真を載っけてしたり顔してるようなやつだ。
そりゃ他のページを読む気も萎えるだろう。
でもノンノンノン。
読者のみんなも気をつけてほしいんだけど、人はいつも今までの自分の経験に基ずいて自分のものさしで人のことを計りがちだけど、常に相手がそのものさしでは計ることができるとは限らない。
もしかすると自分の想像を越えた大人物である可能性もあるのだ。
「新宿うまれの女」さんはきっとおっちょこちょいなんだろう。
他のページもくまなく見てればきっとオレにほれていたはずなのに。
突然だが2年ほど前に作ったオレの詩を紹介しよう。
たたかう女
君がいるだけでいいんだ
と言うと
いるだけなんてやだ
と言う
君はかわいいね
と言うと
バカにしないで
と言う
ロマンチックという言葉を知っているか
なあ
たたかう女よ
そんなふうだから
またオレに
かわいいと思われる
さて。
これがついさっきメールチェックしていたら届いていた「新宿うまれの女」さんからの返事だ。
---
Subject:
スターさんへ
Date:
Sun, 19 Mar 2000 10:25:51 +0900
お返事 おおきに。せやけどこのせちがらい世の中でしあわせて胸張って言えるの
ほんま、ええことやねぇ。負け惜しみと違うかったら誤るわ ごめんなひどいこと言うて
あやかりたいわ、まぁ、その調子でまわりの人しあわせにしてあげてください。ほんまにひどいこと
書いてごめんな。
新宿のアホ女より
---
ほら。
すぐに人を嫌いになる人っていうのはだいたいがおっちょこちょいだ。
かわいいけどな。
オレのラヴアンドピース力もかなりのもんやろ。
2000 3/18
眠たくなるとよく勃起する。
柔らかくて清潔なふとんでうとうとしながら、とりあえずちんちんをふとんに押しつけたりしてみる。
とても気持ちがいい。
枕を股の間に挟むことによって、袋とケツの穴の間の辺りを圧迫するのもいいかんじだ。
ごろごろしているとまるでふとんに全身を撫でられているみたいでとても幸せな気分になる。
朝の目覚めの俗に言う朝立ちしかり、この夜の眠気立ちしかり、オレの場合はどうも「うとうと」とちんちんが結びついて固い握手を結び、いいかんじにオレをあれしてくれているみたいなのだ。
あれって言うのはあれだ。
かなり神っぽいかんじのあれだ。
オレはあれされながらたまに自分の乳首を撫でてみたりもする。
これはまだ若い頃には知らなかったのだが、
「男が乳首なんかで感じてんじゃねーよ。このタコ。」
くらいに思っていたのだが、
いやいや君君、これが意外に気持ちがいいのだ。
盛り上がってくると裸になってさらにふとんと愛し合ったりもする。
けれどもオナニーはしない。
するとそこですべてが終わってしまうことをオレはちゃーんと知っているのだ。
やがてそのまま寝てしまうところにこの「うとうとちんちんプレイ」の醍醐味がある。
うとうとちんちんプレイ。
人にも勧めたいプレイは数あれど、これはかなり上位に食い込んでいる。
食い込んでいる。
2000 3/17
今日からお彼岸だそうだ。
暑さ寒さも彼岸までだそうだから来週あたりからは暖かくなるだろう。
沖縄では今頃になるとみんな「むーちー」を食べる。
「むーちー」は月桃の葉で包んだ赤と白のお餅だ。
オレは「むーちー」はあんまり好きじゃなかったが、こう長らく沖縄を離れているとあの独特の月桃の香りが懐かしくなってくるから不思議だ。
昨日は新宿のトーキングモンキーズで熊沢弾とのライブだった。
いいライブだった。
朝まで飲んだ。
空は晴れて強い風が吹いていた。
通学する小学生を驚かしながら家に帰った。
2000年2月の日記
2000年3月前半の日記
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