徒然またよし日記・3月前半
なんか良くは分からないんだけど、
この日記猿人というやつのランキングに参加してみました。
ランキングが上がれば上がるほどさらにお客が増えるというかんじの雰囲気です。
オレを助けると思って登録してみて下さい。
こういう地道な努力によってオレのライブは赤字から脱出できるのです。
きっと。
2000 3/15
詩とエッセイを追加。
今日は寒い。
今日はバイトが休みだったので家のかたずけをして掃除機をかけてコロコロカーペットを楽しんだ。
コロコロカーペットはステキだ。
オレ、コロコロカーペット大好き。
洗濯もした。
けっこうな量だったので干すのが大変だった。
それにしても洗濯バサミがどんどん少なくなっていくのはなぜなんだろう。
たぶんオレの家だけじゃないハズだ。
あの減っていき方は、壊れたり、風で飛ばされたり、というだけでは説明できない異常なスピードを持っているように思う。
世の中には洗濯バサミ専門の泥棒でもいるのだろうか。
洗濯バサミじゃメシ食えんだろうに。
その架空の泥棒に少し同情する。
話は全然変わるがあれはオレが小学校一年生の時の話だ。
オレには仲のいい友達が二人いた。
ケンタ君とマナブ君だ。
まるで今とってつけたようなありふれた名前だが、本当にそういう名前だった。
ケンタ君はオレが幼稚園の頃、たしか山口県から引っ越してきた、「ないちゃー(内地の人、沖縄人と区別してこう言う)」だった。
友達の輪に入り込めず、さみしそうにしているケンタ君に、一番最初に話しかけたのがオレだった。
マナブ君もそこらへんでいじけているのをオレとケンタ君で
「ぼくたちのグループに入らないかい。」
とか言って誘ったのだ。
その頃からプライドだけは高かったオレは、とにかく三流のもてなそうなグループでもかまわないから、グループのリーダーとして君臨していたかった。
いずれ人数を増やしてクラスの人気者になる、という野望も持っていた。
持ってはいたが結局その野望も叶わぬまま25才になってしまったが。
そのせいか未だにオレは「人気者」という言葉にとても弱い。
まぁいいや、とにかくそんな小学校生活最初の春だと思ってくれ。
先生が今度家庭訪問をするので書き込んでくれと言ってプリントを配った。
そのプリントには自分の名前とか、両親の名前とかと一緒に、
「いちばんなかのいいおともだちはだれですか」
という、友達の名前を書く欄があった。
「ねぇーケンタ君はなんて書いたのー」
ケンタ君のプリントを覗くと、ケンタ君のプリントには大きな字で「マナブ君」とだけ書かれていた。
マナブ君のプリントを覗いたら、今度は「ケンタ君」とだけ書かれていた。
オレは誰にも悟られないように作り笑いのまま、オレのプリントに書いてあるケンタ君とマナブ君の名前を黙ってしずかに消しゴムで消した。
何も考えずケンタ君とマナブ君の名前を書いてしまった自分が、なんだかばかみたいに思えた。
いや、あれだぞ、今では別に何とも思ってないぞ、今ではオレはもし仮に友達が一人もいなくたって別にいいと思ってるもの。
オレの実存は単に友達の数で決まるような安っぽいもんじゃないからな。
ただふと疑問に思ったのだ。だいたいどこらへんから親友だと言えるんだろうか。
恋人とかだったら「付き合って下さい。」とか言って、そういうきっかけみたいなものがあるのでなんとなく分かる。SEXだって出来るし。
だけど男同士でSEXしたらそれは親友というよりも、明らかに何かもっと別なものになってしまうし、
「ずっとタカシ君のことを想っていたんだ、僕の親友になってくれないか。」
などと言うのも、いや、もしかしたらそういうことを言う人もいるかもしれないが、あまりないだろう。
第一 「親友」という言葉自体「青春」と同じくらいおっさんっぽくて使うのがはばかられる。
普通「オレ達、親友だよな。」と言って確かめ合うとしたら、
それは冗談混じりに借金を頼む時くらいのものだろう。
オレのライブにたまにやって来ては、
何も言わずに帰って行くお客さんがいる。
「やってるか。」
というオーラを出してくるのでこっちも、
「やってるぜ。」
というオーラを出してやる。
一度もちゃんと話したことはないが、なんだか「親友」という気がしている。
2000 3/14
東京はちまちましている。
みんなとても神経質に見える。
みんなどうでもいいようなことをぐじぐじ気にする。
オレの東京に来て間もない頃の東京への感想だ。
沖縄の大通りの歩道にはいたるところにベンチがあった。
おじさんもおばさんも若者も喫茶店になどはあまり入らずそのベンチに腰掛けてタバコを吸ったり、
ジュースを飲んだり、時にはビールや泡盛を飲みながら、お喋りを楽しむ。
沖縄には東京ほど公園がない。
少ない上に沖縄の公園はいつも閑散としている。
みんな公園になどわざわざ行く必要がないからだ。
キャッチボールならそこらへんの人気のない私道や駐車場ですればいいし、歩くのがしんどくなったらそこらへんの日陰にそのまま座りこめばいいのだから。
オレは東京に出てくるまで腕時計をしたこともなかった。
「場所をわきまえる」ということがどういうことなのかも全くわからなかった。
「マナーを守る」なんて言われてもそれは野グソをひかえるとか、路上でセックスしないとか、そういう問題の話なんだろうと思っていた。
他人の視線もあまり気にならなかったし、また逆に他人が何をしていようと別に気にもならなかった。
でも東京に出てきていいこともあった。
せわしなく巡る季節をだからこそ慈しんだり、時には何の目的もなく散歩に出かけたり、お茶やコーヒーを煎れて静けさを楽しんだり、そういうことは東京に出てきて覚えた楽しみだ。
情緒という意味で言えば、沖縄にはあまり情緒がなかったように思う。
沖縄ではわざわざ心を休ませる必要がなかったから。
メリハリのないただだるいだけの時間がずっと続いていた。
あたらしい沖縄人
彼女が
「ねぇ、沖縄はどこの方にあるの」
と言ったので
オレは
「ここや」
と言って
自分のムネのあたりを指さした
少し風のつよい
東京の海で
関西弁をしゃべる
そのあたらしい沖縄人は
少しムネをはった
彼女は笑っていたが
少ししびれたハズだ
2000 3/13
今日も相変わらずの美しい半月だ。
最近の東京では星は見えないが、月とその空に彩りを与えるネオンはよく見える。
点滅する看板の横で明滅する月よ。
真っ赤な月が一番好きだが、そうでない月ももちろん好きだ。
読者諸氏には月の表面に何が見えるだろう。
オレにはマリリンモンローが見える。
餅をつつく二匹のうさぎとか、背中を露にした美しい年増だとか、ロケットだとかゾウだとかトラだとか、人は月にいろいろなものを見るものだけれども、オレには月の表面には顎の辺りに色っぽいほくろを蓄えたマリリンモンローが男を誘うように笑う色っぽくて挑戦的な笑顔しか見えない。
満月は明かにマリリンモンローだ。
今日の月にはうさぎの片割れが楽しそうに踊っているのが見えた。
少し嬉しかった。
萩原さんの個展に行く。
萩原さんは40歳だそうだ。
何だか人生についていろんなことを考えてしまった。
例の如くにウィスキーを飲み、今夜もほろ酔い気分。
2000 3/12
見事に半分こ。
明と暗。
今日は半月。
今日はなんだか眠い。
昨日からずっと眠い。
寒いからだろうか。
さっきずらっと読み直してみたんだけど「求道者たれ」はけっこう良く書けているみたいだ。
子供の頃は、かしこくなればなるほど、
いろんなことを知れば知るほど、
きっとうまく説明できるようになって、
もっと多くの人に理解してもらえるようになるもんだとばかり思っていた。
けれでもそれはどうも全くの誤りだったみたいだ。
その山の頂が高くなればなるほど、裾野もどんどん広がってしまう。
思索が先鋭化すればそれだけ、多くの人にとっては難解なものになってしまう。
そのうえ独自性など持ってしまっては大変なことになる。
誰がその偉大な山の頂に登ってくれる。
オレは天才だけど、みんなに嫉妬されるほど天才はいいものじゃない。
この世の中に頭が良くって特することなんかひとつもないのだから。
本当にひとつもない。
やあ、オレ以外の天才諸君。
お互い頑張ろうね。
オレはそろそろウィスキーでも飲んでとっとと寝るよ。
2000 3/11
浅草の観音温泉でイベントがあった。
お昼の12時から8時頃までずっとだ。
酔っぱらいすぎてもうダメだ。
まだ11時なのにもう眠い。
東京に来てまだ間もない頃、雷門から仲見世を通ってぬれ煎餅と揚げ饅頭を食って花やしきに行き、メリーゴーランドに乗ってもんじゃ焼きを食って神谷バーで電気ブランを一杯やって弁慶でコテコテラーメンを食うのがオレのデートのオーソドックススタイルだった。
最近はデートなんかあまりしないが、やっぱり浅草に行くと燃える。
頭が痛い。
飲みすぎた。
おやすみ。
2000 3/10
ダメだ。
日記のつもりで書いたのにそうとう長い文章になっちゃったよ。
しかもけっこう真面目なかんじの文章だから人によってはたぶん読みずらいよ。
エッセイの中に入れておく。
よかったら読んでみてよ。
これ
もう眠いから寝る。
おやすみ。
感想とかあったら送りなさい。
あと推敲とかはまだきちんとしてないから読みずらいとこあるかも。
2000 3/9
昨日はライブだった。
いい演奏が出来たと思う。
全く危なげないステージだった。
余裕がスポットライトの下で軽やかなステップを踏んでいた。
余裕がでかい声でがなりながらも素敵な切なさを歌っていた。
オレはビールを飲んでいい気分になって喋るだけ喋って家に帰って寝た。
今日も早起きしてバイトに行った。
いつもと同じような退屈な一日だった。
退屈はみんなの言うようにそんなに悪いものじゃないと思う。
オレは退屈は美しいと思う。
退屈というのは静かで、暖かで、少し切ない、とても素敵な何かだ。
お酒や、タバコや、テレビや、ビデオや、本や、決まりきった仕事をいじくりまわしては、オレは今日も退屈の中から詩やメロディーを紡ぎ出す。
この現実がオレには、オレのことなんかまるで眼中にないようなふりをして左斜め上を向いてフフンと笑いながらオレの隣を歩くかわいい恋人のようにさえ思える。
世界はオレに無関心みたいで、それでもオレの隣を離れずに歩いている。
だからオレも無関心を装って、愛おしくそれを眺めるのだ。
オレはかわいい世界に次はどんないたずらをしてやろうかと、今日も退屈の中をほくそ笑んでいるのだ。
二人は素敵な他人同志、こうしてる今だって同じベンチに腰掛けている。
2000 3/7
ちゅどーん。
その昔オレが鼻水をたらしたチャーミングな子供だった頃、アラレちゃんの「おはこんばんちは」を真似ようとして間違えて、
「ばんこんは。」
と親戚のおばちゃんに言ったら叩きのめされたことがある。
「晩婚は、・・・。」
と言われたと思ったのだろう。
嘘である。
たった今思いついたダジャレにエピソードをつけて笑い話に仕立て上げようかと思ったのだが、あんまり面白くないのでとても困った。
おれ困った。
おれ困る、森の精霊やって来る。
精霊「ウガラポ」言う。
「ウガラポ」森の掟。
おれおまえ殺す。
許せ。
というかんじでなんか呪術的な原住民に変身しそうなほどだ。
話の通じない人って恐ろしいですね。
呪術的な原住民と女とヤクザと健全な好青年からは逃げるに限ります。
話し合っても無駄です。
さて。
つい今話の勢いで「アラレちゃん」と書いたのだけど、いや、正確に言うと書いたのではなく打ったんだけど、まぁ日本語の便宜上こういうことは普通「書いた」と言うはずなので、まぁ書いたということで満足してくれんか、この通りだ山下君。」
「何を言ってるんですか。これを見てくださいよ課長。ここです。ここ。ほら、うっすらと青くなってるじゃないですか。」
「そうか。分かった。じゃあ、こうしよう。これだ。ほらこれだ。ほらここに今5万円ある。ワシは今からこれをここに落とす。落としてからそのままこれを永遠に忘れる。今日あったことは一生思い出さない。もし仮に君がこれを拾って後でワシに返そうと思っててそのまま忘れてしまったとして、その上ついでに今君のそのあざになっているその君のその傷もついでに一緒に忘れてしまったとして、それで誰か不幸になる人がいると思うか。なあ山下君。」
「・・・・・・・・。」
「ワシの言う意味が分かるか。山下君。忘れるということは神が人間に与えてくれたほとんど唯一の幸福への道だとワシは思うのだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ワシはこれから忘れようと思う。どうしても君が忘れることができんと言うのなら君はこの事実をそのまま娘の和子なり、妻の幸江なりに言うといい。」
ぱさ。
・・・・で、アラレちゃんなんだけど、オレはアラレちゃんが大好きだ。
ついさっき書いたような打ったようななんかよく分かんないけどなんかいいかんじにオレはアラレちゃんを思い出したのだ。
オレは最近バイト先では蝶ネクタイをしているのだが、それもたぶんオボッチャマン君の影響なのだ。
アラレちゃんには3つのいかした「サ」がある。
3つのいかした「サ」とはつまりサイケ、サイコ、サイバー、この「サ」だ。
なんか結婚式の3つの袋の話みたいにおっさんくさく、かつウソくさく、しかし何か説得力があるだろう山下君。
スタンリー・キューブリックも生前アラレちゃんのアニメを見て大絶賛していたという。
嘘だ。
サイケと言えば、原色、うにゅうにゅ、ぐにょぐょ、ポワポワである。
つまりキノコちゃんハウス、ペンギン村の空、喋るグラサンの豚などだ。
あの色使いは明らかにドラッグカルチヤーの影響を受けているし、ペンギン村全体に漂うあの変な遠近法はダリやキリコを連想させる。
まあ、ダリをサイケとか言うと真面目な人に怒られそうではあるが、そういう人はしこたまシンナーを吸引した後でダリ展の展覧会に行ってみて欲しい。
シンナーなら簡単に手に入るだろう。
ガソリンをコップに一杯一気のみしてもいい。
あっ、ダメだ。
なんか文章が死ぬほど長くなりそうだ。
オレには明日ライブがあるのだ。
こんな日記ごときに何時間もかけている場合ではない。
サイコとサイバーについては自分で考えなさい。
ヒントだけ与えとく。
サイコのキーワードは、「ギャグマゲドン→ぼのぼの→ガキおやじ」のいがらしみきおラインにおける狂気の止揚、禅とギャグ、白いヘビ、ファンタジーと狂気又はギャグ、ニヒリズムの極地におけるシュール、等だ。
サイバーのキーワードは、ブレードランナー、洗濯機の蛇腹ホース、鉄男、アキラ、人体改造、パンク、ニューウェーブ、男根、ガン、人間→社会=人体→テクノロジー、脳としての都市、クズ鉄、不死、等だ。
えーと。
いきなりであるが今日のまとめ。
今日は何があったか忘れた。(山下君)
これではちっとも日記じゃないが許せ。(課長)
アラレちゃんを思い出したのでそれについて書こうと思ったのだ。 (日本語の便宜)
スタンリー・キューブリックが生前アラレちゃんのアニメを見て大絶賛していたというのはもちろんオレの作った嘘だが、そりゃまあ今見ても大して新しくもかっこよくもない映画ではあるがあの「時計じかけのオレンジ」を何と1970年代の前半に撮っていたというあのキューブリックなら、もし見てればきっとアラレちゃんを絶賛したに違いない、とオレは思うのだ。(3つの「サ」)
あと、あれだ。
言うの忘れてた。
一番最初に「ちゅどーん」などと言ってしょっぱなから不必要にテンションを上げたりすんのは危険なので良い子はあまり真似をしないように。
途中で面倒くさくなっても知らないよ。
みどり先生にはいつもピンコ立ちしてた。
峰不二子によりも。
2000 3/6
低タールタバコを吸ってもかっこわるくないのはホステスの姉ちゃんだけだ。
大の男が低タールタバコを吸うのはかっこわるいことだ。
そんならタバコをやめるといい。
低タールタバコにはこれっぽっちも美学がない。
タバコをやめるのは意思の弱いやつがすることだ。
世の人はタバコをやめるには強い意志と精神力がいるとかなんとか言っているが、あんなもんはアホのたわごとだと思う。
強烈なほどのか弱い意思と、すぐに他人の影響を受ける精神の堕落。
禁煙に必要なのはこれだけだ。
禁煙するやつには一度は愛した女をまわりの意見次第ですぐに捨てるような根性の無さが見え隠れする。
しかし一応は開き直って見せるとこなんかは、まだ低タールよりはマシだと言える。
低タール野郎には救いがない。
オレは別にタバコごときで人を判断するような了見の狭い男ではない。
低タールでももちろんかっこいい男はたまにだがいる。
しかしかっこいい男は低タールにもそれなりの哲学を持っている。
世の低タール諸君よ。
君には哲学があるか。
そこに愛が、勇気が、情熱が、そして冗談があるか。
あのマルボロマンが肺ガンでとっくの昔に死んだという話を今日初めて聞いた。
マルボロマンよ。
ハイライトマンはここで誰よりも生き続けてやるからな。
今日はマルボロマンの冥福を祈りたい。
愛と冗談を込めて。
込めて。
2000 3/5
今日は友達の家に行って写真をスキャンしてもらった。
最近ちょっとMOの調子が悪いので重いのを覚悟でメールに添付して送ってもらった。
ところがメーリングソフトの調子が悪く、3回くらい送ってしまった。
やばい。
受信に5時間くらいかかりそうな雰囲気だ。
これから「受信」ボタンを押してみる。
どうなるかお楽しみや。
今日は暖かい。
夜から雨が降ってきたがそれもかわいい女のかわいいいたずらのような雨だった。
オレはジャンパーの袖を腰にくくりつけてもてなそうなファッションになって歩いた。
月を探したが月は見つからなかった。
ただ雨が顔にあたってオレはそれを気にすることもなくガニマタになって歩いた。
また寝たら明日もバイトだ。
オレは本当に、この人生をちょっとした遊びみたいな顔をして、ちょっくら地球に観光旅行にやってきた宇宙人みたいな顔をして生きている。
満員電車も何か遊園地のアトラクションみたいだし、最悪な夜もオレにはシュールみたいに見えて笑けてきてしまうのだ。
日常というのは本当にくだらないものだが、だからといってそれが辛いとは限らない。
ただ生きるだけのこともどこかコマネチみたいで、愛すべきくだらなさなのだ。
それではおやすみ。
今日もオレは素敵に酔っ払っているのだ。
ちんちんだしてひとり。
2000 3/3 節句
節句ス・マシーン。
今考えたダジャレ。
昨日は更新をさぼった。
まさしと飲んでいたからだ。
まさしはカメラマンでオレの高校の同級生だ。
このホームページの扉のオレの後ろ姿の写真もまさしが撮ってくれたやつだ。
朝まで飲んでいた。
元気がなくなったから分けてもらいに来たよ。
とまさしは言った。
そういうこと言うやつは好きだ。
そうだ。
オレに会うと元気になるだろう。
オレの輝きには人を癒すパワーがある、と最近さる研究所の実験によって明らかになったとかならなかったとか誰かが言っていたような気がする雰囲気がただよう日もそう遠くはないような気もするのだ。
占いの本にそう書いてあった。
これを読んでいる君もオレのライブに来い。
今度は3/8にやる。
詳しいことはここを読め。
今日は荒関さんと飲んでいた。
刺身をごちそうになってとてもいい気分だ。
毎年恒例の荒関さん主催の大花見大会は今年は4/1にやるらしい。
オレは「スターを囲む大お花見大会」を3/25くらいにやろうかと思っていたのだが、気象庁の発表によると今年の東京の開花予想は3/26なんだそうだ。
25日じゃダメじゃん。
4/8にしよう。
うん。そうしよう。
これを読んでいる君もオレの花見に来い。
4/8に井の頭公園でやる。
2000 3/1
近所にバーができたんや。
3〜4ヶ月前の話や。
まあバーボン一杯くらいなら罰は当たらへんやろ思うて飲みに行ったんや。
それはあれやで。
ワシもアホとちゃうんや。
ここ何日間かの反省をふまえて、(2月の日記を参照)
「今日は一杯飲んだら帰るぞ。」
ちゅう深い決意゜のもとに出かけたんや。
ほら、決意ちゅう文字のすぐ後に変な゜文字入れるくらい気負っとったんや。
それはそれは深い決意や。
しゃあけどあれや、しょーもない店やった。
まるではっきりしてないんや。
ターゲットをはっきり決めんことには店のカラーなんか出されへんのや。
そういう当たり前のことをちっとも分かってへん様子やった。
おっさんを集めたいんか、
ギャルにもてたいんか、
ロックなんか、
ジャズなんか。
メシで売るのか、
酒で売るのか、
とにかく店員にもマスターにも自信ちゅう文字のひとかけらも見えへんかったんや。
「若い女の人に来てほしい。」
とはそこの若いマスターも言うとったっんやけど、それがどんな女なのかはこれっぽっちも考えておらへんのや。
あのな、これは重要なことやで。
それはあれや。
その店が持ちこたえるかどうかは神のみぞ知る話や。
ワシはもうあかんと思うけどな。
ただ何をやるにしても目標は出来うる限り具体的に持たな意味がないんや。
プロやったらきちんとした指針を持って、必要とあらばそれにのっとって私生活も改善したりするもんや。
それはミュージシャンだろうが飲み屋だろうがプロ野球選手やろうが何も変わらへん。
指針がなければ現在の生活に何の意味も付加することができへんのや。
ニーチェあたりが言うとったんもひらたく言えばそういうことなんや。
「今何をするか。」
「まさに今この時間をどうやってつぶすか。」
人間にとって大切なのはぶっちゃけた話それだけなんや。
具体的に言うたろか。
あれや。
もしワシがその店のマスターやったらオーナーにどんな文句言われようが内装は真っ赤っ赤にするわ。
客層はOLとか水商売の姉ちゃんを狙うんや。
ワシは客の水商売の姉ちゃんが吸ってるタバコの銘柄までありありと想像できるわ。
多国籍みたいな甘辛酸っぱい味で勝負すんのや。
ほんでもって意外なことに店員は全員おっさんや。
ヒゲとかもめっちゃ生えてる。
ほんで高飛車な態度で客を迎えたるんや。
蝶ネクタイで高級そうな雰囲気を出しつつ、店内にはいいかんじのロックを流したるんや。
クランプスとかええな。
席とかもあれやで。
自分で勝手に座られへんねんで。
いちいち店員が案内するんや。
しゃあけど店員はみんなただのしょもないジミヘン親父やねん。
そんなんや。
今日の店はほんまにしょーもなかった。
バーとしても居酒屋としても下の下や。
「マタヨシさんまた来て下さいねー。」
店員は言うとったけどワシたぶんもういかへんわ。
ワシはもてるさかいにな。
ワシのことを待ちこがれてる店はそれはワシのうぬぼれやなくてめちゃくちゃあんねや。
最近は知らないバーに行ってはカウンターで一人で飲んでそっからもてたろうとたくらんでるワシなんや。
道場破りや。
でもあれやな。
最近飲んだ話ばっかしやな。
ワシもあれや。
しょむないおっさんやで。
そんなんや。
ワシの25の冬はそんなんで過ぎて行ってるわ。
あっ。
ただその店、トイレの便座が陶器のええかんじの便座やったんや。
アンティーク風のやつや。
それだけは評価したりたい。
ええかんじやった。
洒落くさっとるわりには汚い便所やったけど。
ワシはなんかそこいらへんのお洒落なモッズとはちゃうで。
そら偉そうなこと言う身分ちゃうかもわからへんわ。
でも東京のカッコだけのあんなんやつよりかはワシははるかに詳しいんや。
そういう意味ではどんなに地方のヤツらが勤勉で信用できることか。
「あたしサイコビリーが好き。」
言うてクランプス知らない姉ちゃんなんかたくさーんおるわ。
ぼけ。
サイコビリーが好きなんはほんまは君の彼氏やろ。
「オレはモッズや。」
かなんか言うてるくせにボリスザスパイダー聞いたことないやつなんかくさるほどおるわ。
あほ。
とりあえず何でもいいからフーは全曲聞いとけ。
東京はアホも多い分ニセモノものさばりやすい街なんや。
ワシなんか普段はただのクソ労働サラリーマンをやってるけどプロがそんなんワシよりモノ知らんでどうする。
今日は今日で言いたいことあったんや。
しゃあけど腹が立ってもた。
2000年もやっと2ヶ月過ぎたっちゅうのにこんなんや。
しばらくおもしろエッセイも書いてないし。
ごめんな。
読者よ。
今日のポイントは「指針がなければ現在の生活に何の意味も付加することができへんのや。」ちゅうとこや。
このセリフは深いで。
おやすみ。
2000年2月の日記
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