徒然またよし日記・9月前半






なんか良くは分からないんだけど、
この日記猿人というやつのランキングに参加してみました。
ランキングが上がれば上がるほどさらにお客が増えるというかんじの雰囲気です。
オレを助けると思って登録してみて下さい。
こういう地道な努力によってオレのライブは赤字から脱出できるのです。
きっと。


2000 9/1

・「生き様を見せる」ということについて--ロックとプロレスにおけるジャーナリズムとの共生--

・スポーツは勝ち負けがはっきりしているので分かりやすい。

・挑戦、敗北、リベンジ、復活、因縁、特訓、等。

・ヤワラちゃん。

・アントニオ猪木。

・巨人の清原。

・極心空手。

・ロックとしての社会(又は世間)との戦い。

・忌野清志郎。

・セックスピストルズ。

・ボブディラン。

・「ショーマンシップ」という「生き様」。プロ意識。「過剰性」。「不必要性」。

・分かりやすい「アングル」。

・「スター」という「異種格闘技戦」

・「指針」とは「アングルの確立」と言える。

・アジテーション。

以上のようなような着想を得たのだが、きちんとした文章にするには時間がかかりすぎてドラクエをやる時間がなくなってしまうので、また今度。
けっこう面白い文章になると思うんだけど。


いや、こんだけでも十分通じてるよ、という人。
ぜひ連絡ください。
世間の人間がみんなあなたのような人ならオレももうちょっと楽できるんだよね。


2000 9/4

9/3は上野のあるイベントに出演していた。
そのイベントには三代目魚武濱田成夫さんもゲストで出演していて、オレは久しぶりに濱田さんとお喋りを楽しんだりした。
会場は上野の水上音楽堂という所で、だいたい400人くらいのお客さんが入っていた。
チラシを200枚ほど配ったので、いい宣伝になったはずだ。

あっ、あとなんか掲示板でなんか言っているけど、この何日か日記を休んでいたのはドラクエのせいじゃないよ。
ここんとこちょっと仕事が忙しいんだ。
バイトを辞めたんだから、もう言い訳効かないもんな。
来年中にはデビューする方向でオレプロジェクトを進めている。
みんな、待たせてごめんな。
オレも売れてみることにしたよ。
そろそろ行く。


2000 9/5

世の中には50歳過ぎてからやっと初めて思春期に突入してるような奴もいる。
ああいうのを見ると「なんだかな」と考えこんでしまう。
やはり思春期は20代くらいで終わらせときたいものだ。
あれはおたふくかぜみたいなもんで、早めにかかっとかないと大人になって初めてかかったんでは時に命とりになることだってあるからだ。
10代で思春期に突入してそのまま一生思春期のままぶっちぎってしまって、偉大な芸術家になってしまうような奴もいるにはいるが、あれだって始まりは10代だ。
「自意識」というものをきちんと持った上で、その「生まれてきてすいません的衝動」を自分の中で上手く折り合いをつける技術というものを、面倒くさいではあるけれど、早めに身につけておくことは「大人のたしなみ」であると言えるのじゃないだろうか。
何事にも事前の準備というのが大切だ。
人生の中でそんなシーンがあるかどうかはあやしいけれど、オレなんかいつでも子供をかばってダンプカーに突っ込めるように、心の準備だけは常にととのえている。
というのはウソだけど。
子供の頃から準備を怠らなかったから、オレは今スターをやっていられる。

君もまずはサインの練習から始めてはどうだろう。
なんちゃって。


んで、明日はライブ。
ぜひおいで。


2000 9/7

昨日はライブだった。
朝まで飲んでいた。
家に帰ってこまかい仕事をやって寝て、起きたら1時だった。
午前の。

もっかい寝ることにする。
おやすみ。


2000 9/8

「大盛りつゆだく玉子。あと味噌汁。」
近所の吉野屋の兄ちゃんに一言そう言うと、オレはすぐに週刊誌に目をやる。
「つゆだく」というのは「丼の汁を多いめに入れてね」という意味で、お寿司屋さんで言うところの「あがりもう一丁」とかと同じような一種の「符丁」である。
ほどなくして牛丼が出てくるとオレはまず真っ先に、あのいくら入れても辛くならない吉野屋の七味唐辛子を「うぞ、こ、こここんなに。」というくらい入れる。
そして箸を取り、生卵を念入りにとく。
かなり念入りにとく。
ここはかなり重要なポイントなので手を抜いてはいけない。
水みたいにサラサラになるまでとく。
そんでスルスルスルスルッといったかんじで丼全体にまんべんなく注ぐ。
玉子の黄色がスーッと消えてなくなったら成功である。
そしてその上に紅しょうがを敷き詰めるように乗せる。
その際、肉やメシが見えるようではいけない。
丼の上は隙間なく紅しょうがで覆い尽くさなければならない。
そしておもむろに前方のガラガラからお新香を取り出して醤油を2滴くらいたらし、唐辛子を少し振り、丼の右やや前方に配置する。
そうして味噌汁を左手で持ち、すすり、そこでやっとめくるめく牛丼タイムに突入していく。
以上の作業を週刊誌に目をやりつつあくまで「片手間で・・・。」というかんじで遂行できればあなたも一人前だ。
又吉流牛丼道の初段を与える。


2000 9/9

藤沢卓と飲んでいたらもう12時をまわっていた。
しょうがないのでJRの中央線に乗りこんで、とにかく家の近所まで行き、そっからはタクシーに乗ることにした。
卓ちゃんとの面白トークをいくらか紹介したいではあるが、何せ今は酔っているので、それはまた次の機会にする。
いつもはJRだと高円寺あるいは中野で降りるのだが、今日はなんとなく阿佐ヶ谷で降りてみた。
夜更けの阿佐ヶ谷の街はしずかにひっそりと息をひそめていて、オレは気分良く鼻歌を歌いながら青梅街道の南阿佐ヶ谷まで抜ける路地に突入しようとしていた。
「ちょっと、お兄さん。」
ふと振り返るとそこにはカツラみたいな髪型のおばちゃんが、占いの看板を出して座っていた。
「ああ、ごめんな。1000円くらいやったらやってもいいけど、占いは高いからよおせえへんねん。」
タバコに火を点けてオレはまたぷいっと路地に向かう。
「あっ、じゃあ1000円でいいからさ。いいよ。1000円で。」
おばちゃんはニヤリと笑った。

と、いうわけで占いをやってみました。
で、オレは占いで言っても天才らしい。
手相だろうが姓名判断であろうが悪いとこがひとつもないそうだ。
ただひとつ、もてすぎるので、女に恨まれないようによく注意しろとのこと。
身にしみるお言葉。
去年までは良くない年が続いたが、今年から30くらいまではついてついてつきまくるという。
今夜はいい気分で眠りにつけそうだ。
信じるか、信じないか、で問いつめられればオレは間違いなく「信じない」を選ぶが、楽しいか、楽しくないか、で言われれば、間違いなく占いは楽しい。
だってどんな占いだってオレにいいことしか言わないんだもの。

動物占い以外は。

ちなみに動物占いだとオレはヒツジなんだそうだ。
群れたがりの独り嫌い。

動物占いだけは信用ならない。
だって占いというのは褒められるために金を払うものなのだから。
オレ、ヒツジ嫌だ。


2000 9/10

肩がパンパンだ。
今日は卓ちゃんに誘われて、吉祥寺は下連雀の一町会の御神輿を担いでいた。
6時間ほど担いでは飲み、担いでは飲み、でアドレナリン出まくりの素晴らしいトリップを味わって来た。
「おらぁ、来ーい。」
「せいやっ。さぁ。」
むくつけき男共は気合い入りまくりである。
オレなんかただでさえスターだというのに、そんなに気合いを入れてたんではかっこよすぎてかっこよすぎてもうえらいことになっていた。
鬼も魔物も逃げ出す気合いで御輿を担いで廻り、見事に降魔退散、下連雀にはある種の結界が張り巡らされたに違いない。
実際、龍が2、3匹オレの頭の上から空に向かって飛んでった。
痛い。
辛い。
疲れた。
なんていう自分の弱気にはオレは負けないのだ。
おらぁ。
せいやっ。
それでも前へ出る気持ち。
無意味だからこそ、無駄だからこそ祭りなのだ。
そいやぁ。
今日はオレめちゃめちゃかっこよかったよ。
しかしハッピに御輿だなんて、似合いすぎるくらいオレに似合ってるよなぁ。

御輿はその全行程を担いで歩いてみなけりゃ本当の意味が分からない。
その限界ぎりぎりの疲労の中に真の祭りがある。


2000 9/12

昨日は酒飲んでて更新できなかったのよね。
今日もこまごまとした仕事を片づける。
早いとここれを終わらせて、新しいバイトを見つけないとやばい。
金がない。


2000 9/13

客が来ている。
ちょっと日記を書いているヒマがない。
悪いな。
この日記を楽しみにしているあなた。
最近オレがさぼり気味に見えるかもしれないが、他のとこでめちゃめちゃ頑張ってるので、ちょっと日記の文章が短いことは勘弁してくれ。
いずれすごいニュースを届けるからさ。
いずれにしろこんなのは今月一杯だ。


2000 9/14

今日はめっちゃ歩いた。
10キロくらい歩いた。
目的のビルを探して迷いながら歩いていたので、疲れも倍である。
「あそこまで」と決めて歩く10キロと、「ここかな。あれっ、あっちか。」とウロウロ歩く10キロでは全然気分が違う。
人生とかにもこれと全く同じことが言えそうだが、そんな永六輔みたいなことはオレは言わない。
まあ、とても疲れたよ、ということが言いたいだけだ。
汗だくだくになって昼下がりの街を西へ東へ北へ南へ、そっちの路地に入り戻ってはまたあっちの路地に入り、たまに通り過ぎる美人に見とれながら渋谷の街をひたすらに、2時間くらい歩いた。
「オレの武器はセンスとフットワークだけだからな。もっと動かなきゃヤツラとは勝負にすらなりゃしないよ。」
ずっと前に兄貴の言っていた言葉を思い出した。

8年前、所持金2000円で鹿児島から始まったオレの旅は、そろそろ第二スタート地点に到達しようとしている。







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