青春




 小学校、中学校、高校と12年間、僕は海を眺めて暮らしていた。
 僕の生まれ育った沖縄では、どこに行ってもちょっと高いところに登れば海が見えた。それは好きで見ていたという訳でも無く、本当にただなんとなく眺めていたというだけなのだが、教室の後ろの方の席で、青い給水タンクの乗っかった四角い屋根や、その間にポツリポツリとある小高い緑色の丘なんかの向こうで、やわらかく空を区切っている青い海を、いつも何時間も飽きもせずただ黙ってボーっと見ていた。
 あの時の悲しいくらい青くクッキリとした水平線は、学校に通っていたころに感じていたダラっとした平淡な無力感や、青臭い独りよがりの絶望なんかと重なって、今でも僕の心の中でなんか青春っぽく輝いている。

 高校を辞めた日、
「僕にもね、ちょうど又吉君くらいの歳の息子がね、いるんだよ。」
 僕の持ってきた退学届を見ると、先生は独り言の様に呟いた。
「他のコなら留めるんだけどねぇ。しょうがないねぇ。もうすぐなんだけどねぇ。」
 先生はマジックペンで大きく理科室と書いてある魔法瓶から、お茶を注ぎながら何度もんーんーと言ってうなづいていた。禿げ上がった先生の頭越しに見える窓の外の景色は、ヤケクソみたいに照りつける太陽の日差しで、まるで雪景色のように真っ白く光っていて、おかげでその向こうの海はいつもよりもよけいに青く見えた。
 ここがやけに薄暗く感じるのは、外があんまり明るく見えるせいなのかもな。
 その薄暗い、少しジメっとした理科準備室で、先生とビーカーを湯呑みがわりにしてお茶を飲みながら、僕はなんとなくそういうことを考えていた。
 あの頃は窓の外の景色がとにかくいつも不必要にギラギラと光り輝いて見えていたように思う。そして僕は、そんな眩しすぎる窓の外の景色を見るたび、なんだかいつもセンチメンタルな気分になって、とにかくこの島を出なければ始まらないな、と、そういうことを眉間に皺などを寄せて、真剣に考えていたのだった。

 僕の通っていた高校は首里高校といって、沖縄でもまあ2番目か3番目くらいの進学校で、なんでも戦前からあったらしく、首里城というお城のすぐそばに、これまたお城の一部なのじゃないかというような立派な石垣に囲まれて、町を一望できるような高台になんだかえらそうに、ドスンというかんじで建っていた。
 歴史がそうさせるのか、偏差値がそうさせるのか、その両方なのか、僕が首里高校に通っていると言うと、大人たちは
「へぇー、でぃきやー(沖縄の方言で、勉強ができる子のことをこう言う)なんだねぇ。」
 と、わざわざ感心したように言うので、そういうときはまんざらでもないような顔で、ヘラヘラ笑いながら頭をポリポリ掻いたりしなければならなかったので、それが面倒臭く、僕はいつも困ってしまうのだった。親戚の伯母さんなどは
「あんたのお父さんも首里校だったんだよ。あれも勉強がよくできたさぁ。そういえばあんたもどんどんお父さんに似てくるねぇ。やっぱり血なんだねぇ。」
 と、会う度に何度も同じようなことを言うので、僕も何度も、はぁ、はぁ、と相槌をうったり、頭をポリポリ掻いたり、わざわざ愛想笑いをしたりしなければならず、いつの間にかこころのおくの方がぐったりと疲れてくるのだった。
 父のことはあんまり覚えていなかったし、そんなとき母が見せる不自然な笑顔が、なんだか痛々しく、また、何故か知らないが腹立たしかったのだ。
 その後もその伯母さんは僕の家に来て僕の顔を見る度、「血なんだねぇ、血なんだねぇ」と、それしか鳴き声を知らない鳥みたいに、同じ言葉を繰り返していた。
 母は最初、僕が学校を辞めることに猛烈に反対した。
「勉強ができない訳でもないのに、わざわざもうすぐ卒業という段になって辞めることはないじゃない!。」
「もうすぐ卒業だから辞めたいんだ。」 
 母は父と離婚して、塾の講師などをやって僕と兄を養っていたのだが、大学時代には文学部に在籍して、卒業後も父と一緒に劇団を結成して、しばらくの間、脚本などを書きながら、本気で作家を目指していたという、一応はいわゆるブンガクの人だったようなかんじの人だった。
 だからテレビのホームドラマに出て来たり、青春、思春期、反抗みたいなかんじの歌ばっかり歌ってる歌手の歌詞に出て来て来たりするような、無理解な大人というかんじではなく、こんなことを言うのは少々照れ臭いが、その頃の僕にとってはどちらかといえばよき理解者でもあったので、もろ手を挙げて賛成するということはないにせよ、そう反対されることもないだろうと思っていた僕は、その猛烈な剣幕に少しびっくりしたのを覚えている。
 大学を卒業させるまでは母親の義務として頑張らねばと、そうやって気を張って、僕や兄を育てるため生活に追われながらも、ずっと働きづめで生きてきた母の、意地というか、凄みのようなものを、僕はその時少し垣間見たような気がした。
 母の人生というようなものを考ると、どこか罪悪感にも似た、この世のままならなさというか、無常感のようなものを感じて、気持ちの奥の方がヒリヒリと痛んだ。
 それは重くせつない決断ではあったが、僕としても十分に考えた末の結論だった。
「どうしても卒業したくない訳さ。青臭い反抗心で言ってると思うかもしれないけど、そうじゃない訳さ。高卒っていう資格があるみたいに高校中退っていう資格があるような気がして、ほんでオレにとっては、それは東大を卒業するよりももっと価値があるもののような気がする訳さ。他でもないオレが、結局中卒でいることに意味があると思う訳さ。」
 しばらくするといつの間にか母は少しうつむきがちに僕の話をゆっくりと咀嚼するように聞いていた。そして僕の話を聞き終わると、少し考えさせてくれと言って、笑っているようにも、泣いているようにも見える顔で、ふぅ、っとひとつため息をついた。



 小学校一年生の夏休み、兄が僕をプールに誘ってくれた。
 僕の家から五キロ程離れた所に健康増進センターというのがあって、そこにはサウナ風呂や大きなプールがあった。
 バスで行くのはお金がもったいないということで僕らは歩いて行くことにしたのだが、三キロも歩くと僕はくたくたに疲れ果ててしまった。じりじりと暑い日で、兄も汗だくになっていた。
「演兄ちゃん、疲れたよう。」
「じゃあ少し休もうか。」
 道路沿いの石垣で囲まれたお墓の隣のガジュマルの樹の下に僕らは腰掛けた。苔で覆われた石垣が少し湿っていて、いかにも涼しそうだったのだ。延ばした足の先に日陰と日向の境界線がくっきりと浮かび上がっていて、じっと見ていると少しずつこっちに移動して来るような気がした。アスファルトの表面からは熱気が立ちのぼり、ゆらゆらの空気の向こうを自動車が走っていた。
「ちょっと待ってな。」
「どこに行くの。」
「アイス買って来てやる。そこ動いちゃ駄目だぞ。」
 言い終わらないうち兄は路地裏に消えてしまっていた。
 一人で兄を待つのは心細かった。なんだか兄がもう二度と帰って来ないような気がした。 頭の上でセミがわんわん鳴いていた。
 前の日の夜、母と兄はなにか話していたようだった。話の内容は分からなかったが、ただならぬ気配になにかとてつもなく重大なことを話しているのだと分かり、聞き耳を立てていると、
「キワムには聞かせるな。」
 という兄の怒鳴り声が聞こえた。母は泣いているようだった。
 なんだか恐ろしくなって頭からすっぽり布団をかぶって泣いているうち、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
 朝、いつもより早起きした僕が居間の戸を開けると、母と兄が真っ赤に充血した目で座っていた。兄が唐突に
「キワム、あとで久しぶりに一緒にプールでも行こうか。」
 と言った。
「泣いてるのか。」
 不意に頭の上から声がして見上げると、兄がアイスキャンディーを持って立っていた。
「遅いからもう戻って来ないかと思った。」
「ははは、ホラ、おまえ好きだろソーダ味。バス賃使ったから帰りも歩きだぞ。」
 逆光の中で兄の顔はよく見えなかったが、確かに兄は笑っているようだった。兄は僕の隣りに座ると、少し乱暴にアイスの袋を破きながら
「心配すんな。」
 と言った。
 あの頃の兄には、ほとんど父親の帰って来ない家で自分が五歳離れた弟の父親代わりにならなければならないという使命感みたいなものがあったのだろう。そしてそれは小学校六年生の兄にとっては大きなプレッシャーであったに違いない。
 後にあの晩、母と兄が父との離婚について話し合っていたのだと知った。

 プールは以外と混んでいた。子供よりも中年のおじさんやおばさんが多く、色とりどりの水泳帽を被って文字どうり思い思いに健康を増進しているようだった。鼻の奥を突き刺すような塩素の匂いを嗅ぎながら、僕はなんだか病院みたいだなと思った。
 僕は泳げなかったのでビート板を使ってバタ足の練習をすることにしたのだが、どんなに一生懸命足をバタつかせても全く前に進まなかった。僕と同い年くらいの女の子が僕の横をスイスイと横切って行った。
「えー、クロール教えてやるからこっち来てみ。」
 兄は僕のビート板を放り投げ、替わりに僕の手を支えてくれたのだが、僕は兄の『手を支えてやる』と言う言葉が信用できず、いつ手を放されやしないかと気が気ではなかった。親戚のおじさんが北部の山奥にある川に連れて行ってくれた時も兄は同じようなことを言って僕の手を放し、僕は溺れ死にそうになったのだ。そのとき僕は生まれて初めてマウスツーマウスという人工呼吸をおじさんにしてもらい、二リットルくらい水を吐いた。兄はまさか僕が本当に溺れてしまうとは思ってもみなかったのだろう。僕がそのまま泳げてしまえば「ほら、泳げるやっし。」とか言って僕に自信をつけさせ、僕の水への恐怖心を無くそうと思っていたのだろうが、おかげで僕はそれ以来よけい水が怖くなってしまっていた。兄は家に帰った後もしばらくの間ずっと母に怒られていた。
「手ぇ放したら母さんに言うからね。」
「大丈夫、今度は絶対放さんから。」
 兄もそのことを思い出したらしく左目でパチリとウインクをしたのだが、どう見ても何かをたくらんで笑っているようにしか見えず、僕はますます不安になった。

 プールから上がると平衡感覚がおかしくなったのか、ただ単に疲れてしまっていたのか、僕はフラフラになってしまっていた。手を見ると老人のように皺くちゃにふやけてしまっていた。僕らはそろそろ帰ることにし、脱衣所で着替えて下駄箱の所に行った。ロッカーのある脱衣所に行くにはいったん履物を脱がなければならなかったので、入り口の下駄箱の周りには薄汚れたスニーカーやサンダルがあふれていた。
 そこで僕は自分の草履が見当たらないことに気づいた。
 細い廊下に二メートルくらいにわたって乱雑に敷き詰められたその『履物の海』は、プールの湿気で見事に蒸れてしまっていて、そのひどい臭いはまるでドブでもさらってるようだったが、僕は必死になって自分の草履を探した。だがどんなに探しても僕の草履は見つからなかった。これからまた五キロの道のりを歩いて帰らなければならないのだ。僕はまたしても泣き出しそうになっていた。
「どうした。」
「草履がない。」
「ちゃんと探したのか。」
 僕はきっと兄に叱られると思ったが兄は一通り探して、ないことが分かると
「誰かが間違えてったんかもな。似てるの探して履けばいいよ、しょうがないから。」
 と、少し青い顔で言った。

 外に出ると雨が降っていた。南国の沖縄ではコロコロとすぐに天気が変わってしまう。ついさっきまで雲一つなく晴れ渡っていたのがウソみたいに、空にはどす黒い雨雲が低く重たく垂れ込めていて、大粒の雨はなんだかヤケクソみたいに所かまわず辺りを叩きつけていた。
「これだから天気予報は当てにならんばーよ。」
 と言って、兄は入り口の傘立てから一番ボロそうなビニール傘を取って来た。僕は今自分が履いている草履がさっきまで他人の履いていたものだと思うと少し気持ち悪く、ペタコンペタコンと変な歩き方になっていた。
「その傘、大丈夫かなぁ。」
「たぶんこれはずっと前からここにあった忘れ物だはず。うり、見てみ。」
 兄がその傘を開くとギュワっという変な音がした。もともと透明だったはずのその傘は黄色く変色していて、黒っぽくシワの跡がついていた。
 僕はその時他人の草履を盗んでしまったという罪悪感で少し恐ろしくなっていたのだけれど、兄の言う通りその傘はずいぶん長い間そこに放置されていたようだったし、もうこうなったら一つも二つも一緒だとも思い、それ以上は兄に何も言わなかった。それは確かにあまり正しいことではないなと思ったが、こういうときはこのくらい大胆な方が男らしいのだとも思い、実際その時も兄がなんだか頼もしく思えたのだった。
 土砂降りの雨の中、小さなビニール傘からはみ出ないように僕らはくっついて歩いた。兄は僕が濡れないように少し背中を丸めていて、よく見ると右肩の方がびしょ濡れになっていた。兄の左目の周りはまだ少し黒ずんでいるようだった。
 僕が学校から帰って来て机の上にあったホットケーキを食べながらテレビを見ていると、バタンとかなり乱暴に玄関が開く音がして、振り返るとそこには血だらけの兄が立っていた。左目の周りは真っ黒くアザになっていて、開いているのか閉じているのか分からないほど腫れていた。鼻から口にかけては鼻血が赤黒く固まっていて、泥と血で汚れたTシャツは所々破けていた。パンパンに腫れ上がってはいたが、兄は怒りに満ちた表情で
「ただいま。」
 と、一言だけ言ってすぐにお風呂場へ行ってしまった。
 その日一日、兄は何も喋らなかった。どうにかして兄を慰めたいと思ったが、僕がそう思うこと自体きっと兄は嫌がるだろうと思ったので、僕はなるべく平静を装っていたが、母はかなり怒っていて「喧嘩したのか、何でしたのか。」と何度も聞き返していた。僕は何でそっとしておいてやらないんだろうと思い、母に対してひどく腹が立った。
 あの頃兄はよく学校をサボっていたらしく、母もちょくちょく学校に呼び出されていた。家に帰って来ると母は決まって泣きながら兄の担任の悪口を言っていた。

 雨の音に混じって遠くの方でセミの鳴き声が聞こえた。雨が降っていても鳴くなんてなんだか変に思えた。雨が傘にあたってぼつり、ぼつりという音が耳に心地よかった。
「セミって食べられるの。」
 なんだか重苦しい沈黙だったので何か話しかけようと思っていたら、ふと親戚のおじさんが子供の頃よくおやつ替わりにセミを食べていたという話を思い出した。
「うん。なんか聞いたことあるな。」
「美味しいのかなぁ。」
「どんなぁかなぁ、なんで、食べたいのか。」
「ううん。食べたくはないけどさ。」
「戦争の時はみんなセミとかカエルとか食べてたみたいよ。うり、おばぁがおっぱい出なくなって、母ちゃん赤ちゃんの頃カエルのスープ飲まされてたって言ってたやし。」
「それはまだ美味しそうさぁ。米のとぎ汁に比べたら。」
「ははは。ごめんったら。」
 兄がニヤニヤ笑いながら言った。僕は兄にだまされて米のとぎ汁を飲んだことがあったのだ。冷蔵庫にカルピスが入っていると言われて、コップに一杯だけだったので少しおかしいとは思ったものの、僕はあまり深くは考えず勢いよく飲み込んでしまった。純真な僕は最初だまされたことに気づかず、それはあくまでもカルピスだと思っていたので、てっきり腐っているのだと思い「これ、腐ってる。」と言ってゲロを吐いた。
 突然後ろの方で声がした。
「兄ちゃん、あいつらだよ。」
 振り返ると二人の少年がびしょ濡れでこっちを睨んでいた。丸刈り頭でグレーのシャツを着た少年は僕と同じくらいの背格好で、だぼだぼのシャツは袖のところがほころんでいた。少年は僕の顔と足元を交互に睨み付けながらどんどん近づいて来た。そして僕の顔を睨んだまま僕に怒鳴りつけるように
「兄ちゃん、やっぱりこれだよ。」
 と言った。後ろの方に立っている少年が僕の目の前で僕を睨み付けている少年の兄らしく、彼は彼で細く鋭く剃られた眉を眉間によせて身じろぎひとつせず、僕の兄を黙ったまま睨み付けていた。
 突然の出来事に、僕は一瞬何が起こったのか全く分からなかった。目の前の少年の息が顔にかかった。塩素の匂いがした。病院の匂いだ。はっとして少年の足元を見ると、少年は裸足だった。泥で汚れた足に絶えず水滴が落ちてきて、まるでその泥が少年の足の甲の上をうざうざと踊っているようだった。なんだか不思議なくらい真っ白な足にうすく血がにじんでいた。
「それ、うちの弟の草履なんだけど。」
 相手の『兄ちゃん』が怒りというよりも、むしろもっと冷たい殺意のようなものをこめて静かに言った。
 兄の顔を見た。兄は青くひきつった顔で、少し笑っているように見えた。
 目の前の少年が『兄ちゃん』と、僕の兄の顔をあからさまに見比べて、僕の顔を見てニタリと笑った。
 相手の『兄ちゃん』が誰かを殴る様は容易に想像できたが、兄が誰かを殴っている姿など想像できなかった。自分の心臓の音が聞こえた。心臓の音に合わせて体中の血管が脈打っているのがはっきりと分かった。僕は震えていた。
「ああ、ごめん。今返すよ。」
 と、兄が言った。なんだか僕は兄の顔を見てはいけないような気がして、うつむいたまま草履を脱いだ。少年が草履を履きながら僕の顔を覗き込んでもう一度ニタリと笑って、
「兄ちゃん、この傘も俺たちのじゃない。」
 と、言った。
「あ、本当だ。」
 と言って『兄ちゃん』は兄の持っていた傘をつかんだ。兄は何も言わずに傘を渡した。僕の頭の上にパラパラと雨粒が落ちてくるのが分かった。
 二人の兄弟はしばらく僕らを睨んでいたが、
「やぁ真剣くるさりんどぉ。(おまえ本当にぶっ殺すぞ)」
 と言って帰って行った。

「足痛くないか。」
「ううん大丈夫。」
 兄が僕の前に背中を向けてしゃがみこんで「うり」と言った。僕は兄の背中におぶさった。兄の背中は雨でびしょ濡れだったが、とてもあたたかかった。なんだか「兄ちゃんと、お母さんが一番好きだよ」と言いたくなったが、かわりに兄に掴まった手にぐっと力を入れた。
「そろそろ晴れそうだな。」
 と、兄が言った。
 顔を上げると遠くの方の空に白いカーテンのように日の光が差し込み始めていた。セミの鳴き声が一層大きくなったような気がした。



 秘密基地を作ろうと最初に言いだしたのは信也君だった。信也君は野球少年で、石嶺ベアーズという野球チームでは4番でピッチャーでキャプテンというみんなの中心的存在を務めていた。小学校六年生になった僕は信也君に誘われてベアーズに入団していた。
 僕はその頃からすでにかなりのひねくれ者だったので、そういう体育会系の単純な人気者というのを嫉妬まじりに憎んでさえいたのだがなぜか信也君とは気が合い、家が近所ということもありいつも信也君と一緒に遊んでいた。ちょうどその頃ファミコンが爆発的に普及し始めていて、ファミコンを持っていなかった僕は信也君の家で毎日のようにスターソルジャーというゲームをやった。スターソルジャーには高橋名人と毛利名人という二人の有名な名人がいて、高橋名人は普通のコントローラーで一秒間に16連射、毛利名人はジョイスティックという別売りのコントローラーを使って一秒間に26連射という驚異的な連射を可能にしており、二人の『スターソルジャー一分間に何点とれるか勝負』はその年の夏、映画にまでなって劇場で公開されていた。コロコロコミックというマンガ雑誌で連載されていたマンガにならって僕と信也君はその頃よく一緒に遊んでいた長浜学君を誘い『ファミコン少年団』というチームを作り、『ちびっこ全国大会』での優勝を目指していた。
 僕の住んでいた家の裏手にはコンクリートで仕切られたドブ川が流れており、その右斜め向かいに信也君の家があった。幼稚園の頃、団地から引っ越して来たばかりの時は信也君の家はなく、そこは広い野原になっていた。
 家の横の階段を降りて川沿いのコンクリートの堤防とフェンスの間の細い道を左に曲がり橋を渡ると、その野原が住宅街の真ん中に突然唐突なかんじで開けており、その真ん中に一軒だけなんだか取り残されたみたいにトタン屋根の小さなあばら家が建っていた。そこには無口な老人が一人で住んでいて、老人の隣りではいつも一匹のヤギがしずかに草を食んでいた。その老人は近所でも有名な変人で、本当はそこらへんの地主だったらしいのだが頑固に土地を売らず、そこで半ば自給自足のような生活を送っていた。あばら家の隣りには老人が作ったらしい小さな畑があっていつもトマトやキュウリがなっていた。無口で気味の悪いじいさんだったので僕の母は僕がその老人と遊ぶのをあまり快く思っていないようだったが、僕はなぜかその無口な老人が大好きだった。僕が遊びに行くといつもその畑のトマトやキュウリをなんだか怒ったみたいに「うり」と言って食べさせてくれた。小学校の二年生くらいまでそこのドブ川をせき止めてダムを作ったり、ヤギにトイレットペーパーを食わしてやったりして遊んでいたのだけれどだんだん疎遠になり、四年生になる頃にはいつの間にかそのあばら家に住んでいた無口なあやしい老人とともに、ヤギも、野原も、あばら家もなくなってしまって集合建て売り住宅みたいなものが建っていた。すぐに入居者が決まらなかったのか、しばらくの間は誰も住んでいない新築の家が何軒も同じように並んでいた。信也君がそこに引っ越して来たのはたしか五年生になってからだったように思う。
 信也君の家の四畳半ほどの和室が『ファミコン少年団』の本部だった。いちいち玄関を通ると信也君のお母さんがうるさいので僕らは庭を突っ切って勝手に侵入していた。最初にそうしろと言ったのは信也君だったのだが、勝手に入る所を信也君のお母さんに見つかるとかえって決まりが悪く、僕は本当はちゃんと玄関からあいさつをして入りたかったのだが、まぁ信也君には信也君なりの家庭の事情があるのだろうと学君と二人でこっそり空き巣のようにしてその和室に入っていた。信也君のお母さんはたまに僕らを見つけるといつも怒ったような恐ろしい顔で睨んでいたので、たぶん僕らを息子を悪の道に誘うガラの悪い不良のようなものと思っていたのに違いない。
「なぁ秘密基地を作らないか。」
 スターソルジャーをやっている学君の隣で信也君が猫をなでながら言った。猫はポン太という名前で、本当はそこいらへんのノラ猫なのだけれどその和室の窓のすぐ外にあるブロック塀を散歩コースにしていて、いつの間にか『ファミコン少年団』のマスコット的存在になっていた。ポン太という名前は僕が付けたものだった。実を言うとポン太は何度か学君の持って来た空気銃の的になってひどい目に合っていたのだけれど、頭が悪くてすぐに忘れてしまっていたのか、僕らがたまにやるエサが目当てだったのか懲りずに毎日のようにそこにやって来ていた。
「秘密基地ってどういう。」
「五号線の上に国場組の弾薬庫あるだろ。この間あそこに金城の兄ちゃんと一緒にクワガタ捕りに行ったらいい場所見つけたわけさ。斜面になってるから横に穴掘ってったらちゃんと洞窟みたいになると思うんだけど。」
「金城も一緒にか?」
「ううん、金城の兄ちゃんには何も言ってない。」
 信也君は隣の金城保という二つ年上の中学生とよく遊んでいた。金城保は信也君の家の前の道で信也君とよくキャッチボールなどをやっていたのだがそこは僕の通学路だった。ドブ川の橋に続くその道で金城保に会うたび、金城保はキャッチボールをやめてしずかに黙って僕をギロリと睨み、僕にはさっぱり心当たりのない敵意を剥き出しにしていた。金城保は典型的な不良で、その幸薄い眼差しはなぜか明らかに僕を嫌っていたので僕は心の底の方でこいつと係わりあいになるのは極力避けようとしずかに固く誓っていた。
 ポン太が面倒臭そうにゲームに熱中する学君を見ていた。暑い夏の日の午後、首振り扇風機の『そよ風』があたる度、ポン太は信也君の膝の上で眩しそうに目を細めていた。



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