注1



(この文章は月刊ニュースターからの抜粋です。月刊ニュースターは以前又吉氏が自費で作っていたフリーペーパーです。)





 すべては移り変わって行く。なにものも一所には止まらない。大切なのは多様性だ。本当に完全なものとはありとあらゆる不完全さを備えたものである。自動車のハンドルでいう『あそび』の部分、もしあの『あそび』の部分がなければ交通事故は激増するだろう。
 可能性というのは『無駄』のことであるとも言える。今日無駄のないものはそのままだと明日の変化には対応できないだろう。誰もやらないことをやるべきだと思う。時にそれは馬鹿馬鹿しく見えるかもしれないし、身の危険をともなうかもしれないが、すべてにおいてそうである必要はない。なにかひとつでもいいのだ。自分にしかできないこと、自分にしか思いつかないことがあるのならば、明日地球を救うのは君かもしれないのだから。
 知ってる人もたくさんいるだろうが、実は俺は富士山を1メートル高くした男だ。富士山というのは3776メートルなのだけれども平成7年7月7日に
「3777メートルだったら面白いんじゃないか」
 とか言ってスリーセブンだぜイェーイなどと思いつつ高くしてやった。国土法違反になるので帰るときには元に戻したのだけれども。
 小学校1年生の時、よく『1年生になったら』という歌を歌った。
「1年生になったら、1年生になったら、友達100人できるかな。100人で食べたいな、富士山の上でおにぎりを、ぱっくんぱっくんぱっくんと。」
という歌である。
 この歌を教えてもらったのは幼稚園の時だったのだけれども、俺はてっきり小学校1年生になったら真っ先に遠足で富士山に連れていってもらえるものだとばかり思っていた。後になって沖縄に富士山がないことに気づくのだが。
 俺は基本的に嘘つきなのだけれどもついた嘘は最終的には本当になるようにしている。ところがこの歌に関して言うと100人で富士山の上でおにぎりを食うなんてことはとうてい実現しそうになかったので不本意ながら21年間放っておいたのだ。
 しかしやはりこのままではいかんと思い、小、中、高校の住所録と卒業アルバムを持っておにぎりを食うべく富士山に登った。途中、酸欠でぶっ倒れたり、足を踏み外して転んだりとかなり大変ではあったが、3777メートルの富士山の上で100人の友達(アルバムの中の)とおにぎりを食い、歌い、火口にしょんべんをした。
 明日地球に宇宙人がやって来て、
「地球人はムカつくので殺す。皆殺しにする。でももし3777メートルの富士山のてっぺんに登った男がおまえら地球人の中に一人でもいるのなら、まぁけっこう捨てたもんじゃないので許してやる。どうだ、いるか。」
 と言ったら、その時地球を救えるのは俺しかいないだろう。この宇宙の気の遠くなるような歴史の中で、数えきれないほどの人間が生まれては死んでいっただろうが、そんなことをした男は世界広しといえどもたぶん俺しかいない。史上初、前人未踏の下らなさなのだ。ああ俺ってなんて偉大なんだろう。


あいさつ



 すべての純真なひねくれもののみなさんお元気ですか、スター又吉究です。ちゃんとチームワーク乱していますか。俺はばっちり乱しています。
 この間事務椅子で山手線一周してきました。ほらあの学校の職員室とかによくあるクルクル回る椅子あるでしょ。下の方に滑車が付いてるやつ。近所を散歩していたらゴミ捨て場に落ちていたので、思わず坂道とかを転がって遊んでいたのですが、だんだんエキサイトしてきて調子に乗って一人で山手線一周しちゃいました。一人でってとこがカッコいいなと自分では思っています。
 すれ違う人も笑ってくれりゃいいのにめちゃめちゃビビってたみたいで、角でばったり出会ったおばあさんなんか低い声で小さく「ギャッ」って言ってました。考えてみるとそれもかなりシュールな光景だっただろうなと思いますが、途中からはかなり疲れてしまって意地だけでやっていたのでもしかすると今頃、恐ろしい形相で一人「ガラガラー、ガラガラー。」と近寄ってくる汗だくの男が出没する心霊スポットとしてあそこらへんではちょっとした噂になっているかもしれません。
 もうこうなったら次は世界だ、という気分にもなってきそうでしたが世界ともなると逆に竹馬でエベレストに登ったり、リヤカーでアフリカ大陸を縦断したりする人がいたりしてあんまり珍しくないので、沖ノ鳥島一周とか、沖縄県那覇市首里石嶺町三丁目横断とか今度はそういうのにチャレンジしてみようかなと思っています。まぁなんにせよ、またしても俺が地球の危機を救ったことには間違いありません。どうですか。俺って偉大ですか。そうですか。ありがとう。
 まあ何にせよ変テコなこと、誰もやったことのないことをやるというのは楽しいものです。俺のおかげで世界はまた一つ多様性を手に入れました。ということで詩。


残り笑い

みんなといっしょにゾロゾロ歩くものは
何度も生まれ変わるだろう
自分だけの生を手に入れることだ

大いなる笑いは大いなる死となり
大いなる死は自由でやすらぎにみちた生となるだろう
悟りは常に笑いと共にあり
笑いは常に悟りと共にある

その永遠の車輪を蹴り壊し
その外側に立つことだ
そうすると
あとには微笑みだけが残る

実を言うと
お釈迦様のあの微笑みは
ありゃあ残り笑いだ
それが
ずっと続いてる


スター又吉究(24)




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